第26話 望まぬ再会(前編)

「失礼ですが、ジン様で? 私、ここの商会の――」


 今度は、商人か。


 聞けば、綺麗なカットで鉱石をとってきた手腕を評価して、専属契約を結びたいそうだ。


「悪いが、もうペルティエ子爵家のお抱えだ! そちらに話してくれ」


「左様でございますか。失礼いたしました……。当商会は、幅広く取り扱っておりまして――」


 別の話題に移ったが、早々に切り上げる。


 事情を知っていて、キッカケにした感じ。


 顔見せが目的らしく、そのまま立ち去った。



 別の料理を食べて、飲みながら、周りを見る。


 俺に声をかけてきた騎士爵は、同じ連中で固まり、酒を飲むだけ。


 あいつらに社交はなく、せいぜい、自分の雇い主である貴族に挨拶するぐらいだな。


 騒いでいて、周りは空白。

 良くも悪くも脳筋で、絡まれたら厄介だし、当然か……。


 で、俺と同じクランの代表は――


「夜風に当たるのも、良いんじゃないか?」

「私は、連れのところへ戻る! お前もそうしろ……」


 人けがない場所へ誘ったロワイド・クローに対して、杠葉ゆずりははあしらった。


 自分たちを庇護している『黄金の騎士団』の団長が相手だけに、社交辞令で付き合ったわけか。

 もう敵対しているが、あからさまに恥をかかせる必要はないと……。


 空のグラスを近くに置いた杠葉は、途中で新しいグラスを持ったまま、俺のところへ。


 隣の椅子に座った。


「どうだった?」


 周りを見た後で、答える。


「あっちにいる騎士爵の連中が、数人……。俺を取り込みたいようで、誘いに来たよ! 断ったけど」


 笑った杠葉は、ストレートに言う。


「お前が望むなら、好きにしろ……。行けば、今日のような食事は年に1回もないが」


「御免だね! 若い俺が行っても、出涸らしの女を宛てがわれ、馬車馬みたいに働かされるだけさ」


 飲んだ後に首肯した杠葉は、赤い顔で同意する。


「良い女が、あいつらの村や街にいるわけがない。しかも、年長者の言うことに絶対服従だからな、そういう場所は……。若くて容姿に自信があれば、下級貴族のめかけか、ここへ来て娼婦になるケースも多いぞ? ……言っておくが、私や望乃たちは違うからな? 最初から、冒険者のクランだ」


「分かっている。僻地の村なんぞ、極貧であるのに、開拓に金がかかるし人手もない。おまけに、上の貴族のご機嫌伺いから……。無理だな、そんなの!」


 立ち上がって、グラスを交換した杠葉は、再び座る。


「本当に美味しい話なら、嬉々として他人に話さん……。そいつを利用するのなら、別だが? 仮にも伯爵家の令息だったお前では、とても耐えられん水準だ。スラムで腐った残飯を奪い合い、泥水を啜っていたレベルなら、御の字だろう」


 肩をすくめた俺は、同じく、グラスを交換する。


「ハハハ……」

「いや、本当に羨ましい! これで、ランストック伯爵家も安泰ですな!」

「よろしければ、私の娘との縁談を――」


 離れた場所の貴族たちが、大声で話している。


 そちらを見れば、俺を追放してくれた張本人のランストック伯爵が貴族に囲まれ、チヤホヤされていた。


 少女にしか見えない杠葉も、釣られて、そちらを見る。


「ああ……。ランストック伯爵か! 次期当主のギュンターが完敗したわりに、ずいぶんと明るいな? 挨拶は済んだし、帰っても言い訳できるが」


 思うところはあるが、今は他人だ。


 ふうっと息を吐いた後で、杠葉を見る。


「構わないさ……。育ててくれたことには、違いない。今日ぐらい、視界に入っても我慢しよう」


 笑った杠葉が、それに応じる。


「そうか……。あとは、できるだけ飲み食い――」


 言葉を切った杠葉は、別のほうを向き、難しい顔に。


 俺も、そちらを見れば……。


「よく頑張ったな、ジンよ! 先の決闘で、息子を騙っていた偽者を倒したこと、実に見事だったぞ!?」


 くだんのランストック伯爵が近づき、とんでもない事を言い出した。


 俺たちが反論しないうちに、奴は周りに聞かせるような大声で主張する。


「うむ! これで、お前が望んでいたランストック伯爵家への帰還も叶うぞ!! 良かったな?」


 言いながら、俺の手を取ろうとする。


 けれども、杠葉が間に入り、その手を払った。


 パンッ! と乾いた音が響き、パーティーホールの面々は何事かと注目する。


「何だ、貴様は? 私を誰だと思っている!? そもそも、子供が迷い込むとは……。誰か、こいつを摘まみ出せ!!」


 声を荒げる、ランストック伯爵。


 それに対して、杠葉は臆さずに見上げた。


「クラン『叡智えいちの泉』の団長である、杠葉だ。ジンはうちの団員であり、私に話を通すのが筋だぞ?」


「子供が何を言う! ……おい、早くしろ! 主催者であるペルティエ子爵の顔に泥を塗るつもりか!?」


 叫ぶも、近くのメイド、執事たちは応じない。


 自分の仕事がある振りで、遠ざかっていくだけ。


「くっ!」


 いくら伯爵でも、ここはペルティエ子爵の領地だ。


 ゲストの1人に過ぎず、自分を無視した召使いをクビにする権限もない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る