第25話 貧乏な騎士爵による勧誘

 笑顔のペルティエ子爵は、話題を変える。


「決闘を見るため、周りの貴族が集まっています。せっかくだから、社交のパーティーをする予定ですが、ランストック伯爵も参加されては?」


「ぜひ、お願いいたします」


 参加しなければ、息子のギュンターについても、何を言われるやら。


 そう思ったランストック伯爵は、一も二もなく、同意した。


 思わぬ余興を見せたランストック伯爵家と、この地を治めるペルティエ子爵家の2つは、剣ではなく、話術や駆け引きがモノを言うフィールドへ進む。



 ◇



「クラン『叡智えいちの泉』の団長、杠葉ゆずりはさまと、その団員であるジン様でございます!」


 ホールに響いた声と同時に、正装の俺たちは、左右に開かれた大扉を通り抜け、入場した。


 立食パーティーの形式で、白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルの上に、グラスや皿が並ぶ。


 爵位が低い順番で、どんどん入っていき、高位の人物を迎えるのだが――


 今回は、無礼講に近く、そこかしこに人の姿。


 俺たちの入場で、チラッと見るも、すぐ歓談に戻る。


 大人だが、俺の頭1つ分は低い杠葉は、群青色の瞳で、俺を見上げた。


「気にするな! 迷宮都市ブレニッケでは、どれだけ高位でも、面と向かって私たちを馬鹿にできんぞ? ここで冒険者を敵に回せば、タダでは済まない。奴らの腹の中までは知らんが。……お前は、元貴族だったな? 面倒になったら、私に構わず、とっとと帰れ」


 薄い紫のドレスを着た杠葉。


 彼女を見下ろしつつ、確認する。


「いいのか?」


「ああ、構わん……。私も子供ではないから、自分で何とかする! 望乃ののはお前と来たがっていたが、あいつには向いていない。すぐ顔に出るし、こういった場での対処法を知らんからな」


 杠葉は、ギリギリまで粘っていた望乃を思い出したようだ。


 スタスタと歩き、手慣れた様子で、近くのテーブルに置かれた、中身が入ったグラスを手に取り、どこかへ向かう。


「ハハハ! 僕のほうも、あまり余裕がないので……。申し訳ないが、用事ができた。いったん、失礼するよ!」


 歓談していたロワイド・クローは、やっぱり正装だ。

 目ざとく、杠葉の姿を見つけたようで、集まりから抜け、早足に駆け寄っていく。


 その2人を眺めていても仕方ないから、ホールを見回す。


 4人ぐらいの小グループが一定間隔で集まっており、会話。


 壁際に設けられた椅子や、ソファーには、休憩中の人々。


 ふむ……。


 挨拶をする相手もいないし、適当に過ごすか!


 そう決めたことで、用意された料理を物色しつつ、適当に飲み始めた。


 他人と話さない俺を見て、眉をひそめる奴もいたが、気にしない。



「今、いいだろうか?」


 武闘派に特有の、太い声。


 見れば、騎士らしき服を着た男がいる。


 帯剣はしておらず、服装から招待客だと分かった。


「何でしょう?」


「いや、たいした用事じゃない……。有り体に言えば、勧誘に来たのだが――」


 そいつは騎士爵で、コロシアムで圧倒的な力を見せた俺を迎え入れたい、という内容だった。


「すぐに返事をくれとは、言わない。気が向いたら、俺のいる領地を訪ねてくれ! 歓迎するぜ!!」


 片手を振った男は、すぐに背中を向けた。


 去っていく後ろ姿を見ながら、ゆっくりと、息を吐く。


 騎士爵というが、その実態は、僻地の村の代官だ。

 上の貴族は忙しいから、住人を治めつつ、税を取り立てる。


 用心棒の意味合いが強く、モンスターや賊が出たら、村の若い衆を引き連れて討伐することが義務。


 実質的にまとめているのは、村の長老。

 ただし、そいつは貴族ではないため、土地を所有している領主に会える人間が必要だ。

 領主に掛け合い、兵士や騎士団を呼ぶために。


 鎧と盾は、激しい戦闘がなければ手入れで済むし、子孫へ引き継げばいい。

 だが、バトルで暴走しない軍馬は、かなり貴重だ。


 おまけに、良い食事を与えることが必須。

 下手をすれば、馬を買った借金に追われつつ、そいつの食い扶持ぶちで、取り分の税が吹っ飛ぶ。


 一言でいえば、常に貧乏だ。

 畑を耕し、開墾することが、基本。

 鍛錬にもなるから、全くのムダではないが……。


 フェルム王国は、人族が治めている。

 王族を頂点にして、一般的な貴族が、領地を持っている形だ。


 さっきの騎士爵は、貴族じゃない。

 ここの領主であるペルティエ子爵家と同じく、代官をしている間だけの貴族だ。


 貴族と呼ばれるのは、最低でも男爵から。

 平民を貴族に準じる準男爵も、しょせんは名誉職にすぎない。


 ややこしいのだが、騎士団は騎士爵と違う。


 有力な貴族の家にいる令息で、主に次男から下が、主な就職先としている。

 言わば、エリートだ。

 傭兵団の頭と同じ騎士爵なんぞ、相手にされない。


 さっきの男に応じれば、とんでもない過疎村への移住だ。

 あいつの娘か、親戚、もしくは、村の若い女が嫁に来て、取り込まれる。


 悪ければ、中年でタルンタルンの未亡人とかが、酔わせた後で、既成事実を作るだろう。


 若い美女がいれば、上の貴族や有力な商会に宛てがい、村を優遇してもらうよう、頼む。

 もしくは、村の同年代が、すぐに唾をつけ、そのまま子供を作る。

 器量が良ければ、たとえ不細工でも、誰かがキープするだろう。

 女に関しては、残り物に福がない。


 そういう場所は年功序列だから、面倒なことを全て押しつけられ、少しでも逆らえば陰口を叩かれて、立場に関わらず、村八分ってところか?


「冗談じゃないな……」


 小声で呟いた俺は、新しいグラスに持ち替えて、グイッと飲んだ。


 何が悲しくて、僻地の便利屋になるんだか。

 ここでダンジョンに潜り、入手した素材や鉱石を売っていたほうが、よっぽどマシ。

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