第24話 ランストック伯爵家のよく似た親子

 ――『黄金の騎士団』の本拠地 食堂


「私に、金を払えと!? なぜだ!」


 ギュンターの叫びに、カウンターの内側にいる男は、迷惑そうに教える。


「お前の実家からの送金がなくなったからだ……。もうランストック伯爵家の人間じゃない奴に食わせる飯はない! そもそも、ウチに貢献していないだろ!? 邪魔だから、退いた退いた!」


 追い立てられるように食堂から出て行く、ギュンター。


 相談できる相手は、1人しかいない。



 ――団長の執務室


「ふーん? うちで食事をしたいと……」


 役員机にいるロワイド・クローは、笑顔だ。


 いっぽう、向かい合っているギュンターは、うつむいたまま。


「頼む……。今は何も払えないが、ランストック伯爵家に戻った暁には――」

「あのさあ? 空手形を出されて、『はい、そうですか!』とは言えないんだよ。ギュンター君?」


 その言葉に、ギュンターは顔を上げる。


 ロワイドは、真顔になった。


「今の君は、うちの団員……。それも、仕事をせず、好き放題に遊んでいただけ! いくら僕が団長でも、『こいつに飯をやれ!』とは言えないよ! 言えば、そりゃ与えるだろうさ? でも、それで僕が人望を失くし、代わりに君の好感度を高めて、何の意味がある?」


 黙り込んだギュンターに、追い打ちをかける。


「先に言っておくが、空腹に耐えかねて食堂で無理やりに食うか、残飯を漁り出したら、問答無用で追い出すからね? 冒険者ギルドか領主のペルティエ子爵家に突き出しても、いいだろうさ……」


 立ったままで震え出したギュンターは、ポツリと呟く。


「何が……望みだ?」


 苦笑いのロワイドは、答えを言う。


「君の言葉には、何の価値もない! 食事をしたければ、働いてくれ! ……そうだな、今から仕事をさせるのはフェアじゃない。夕飯は出すように言っておくよ! ただし、明日の朝からは僕が指名した担当者の言うことを聞き、作業をすることが条件だ。従えなければ、どうぞ『黄金の騎士団』から出て行ってくれ! そのほうが、せいせいする」


「……ここで食わせてくれ」


 精一杯の言葉に、ロワイドは付け加える。


「団長……僕のことは、そう呼んでくれ。クロー団長でもいい」


「仕事をする……。だから、食事を出してくれ、団長……」


 息を吐いたロワイドは、椅子に座り直した。


「いいだろう! 夕飯は出すよ。『団長から許可をもらった』と言ってくれ! 明日の朝から、『仕事をしたら次の食事を出す』という流れにする。本当は、君の部屋も変えたいが……ひとまず、現状維持だ! 引っ越す場合は、あの豪華なインテリアを全て没収したうえで、他の団員との相部屋だよ?」


 まだ失う部分があると知れば、馬鹿をしない抑止力に。


 最後の拠点を失い、貴族としての誇りすら奪われれば、再起不能だ。と理解したギュンターは、これまでにない緊張を感じた。


「わ、分かった……。私は、今の部屋がいい……。では、失礼する」


 いつになく、従順な態度で、ギュンターは出て行った。



 残されたロワイドは、嘆息する。


「まったく、面倒なことだよ。子供のお守りは……」


 ランストック伯爵家から正式に廃嫡されていないため、下手にイジメるか殺せば、報復される。

 クランを追放したあとで悲惨な末路でも、逆恨みされる。


 だからといって、示しをつけないことは、論外だ。




 ギュンターは食事をするべく、『黄金の騎士団』の本拠地で働き始めた。

 外に出せないため、生かさず殺さずで、「野菜の皮むき」などの下っ端がやる作業だけ。


 コロシアムの完敗で、街中を歩くことすら怯えている、ギュンター。

 しばらくは、飯を与えることで飼えるだろう。



 ◇



 ペルティエ子爵家の館にある、応接間。

 そこには、ランストック伯爵の姿があった。


 息子のギュンターが、大見得を切ったうえでの完敗。


 パウルとしては、ペルティエ子爵のご機嫌を伺いつつも、悪評が広まることを防ぎたいのだ。


「いやはや……。この度はお騒がせして、大変申し訳ない! 実は、息子はここに来ておらず、先日の決闘ではがいたようでしてな?」


 向かい合わせで座っているペルティエ子爵は、険しい表情のままだ。


「ほう? ランストック伯爵が言われるのなら、間違いありませんな! では、こちらで処理して――」

「いやいや! それには及びません! 当家で、もう手を打っておりますので!」


 事前に、かなりの贈り物をしている。


 つまり、ギュンターの悪評を広めないため、偽者にしておきたい。という意味だ。


 ペルティエ子爵は、言い直す。


「そちらの令息は、迷宮都市ブレニッケにいない。そっくりな偽者がいても、それは貴族が動くほどではない……。これで、良いのですな?」


「ええ、それはもう! ご理解いただき、誠にありがとうございます……。ところで、決闘には、私共わたくしどものジンがいたそうで……。奴は、ランストック伯爵家から武者修行の旅に出ておりました。これだけの力を発揮したのなら、帰ってきても良い頃でしょう」


 ピクリと眉を動かしたペルティエ子爵が、すかさず言う。


「おかしいですな? 私は、ジン君が『ランストック伯爵家の養子縁組を解消され、領地からも追放された』と聞いていますが……」


 大げさに首を振ったランストック伯爵が、訂正する。


「いえ! それは、子供に成長して欲しい親心でして……。そもそも、ランストック伯爵家に縁がある人間ですから――」

「そちらも偽者でしょう? ギュンター君の偽者がいれば、別におかしい話ではない。彼はすでに、ペルティエ子爵家のお抱えでしてな? いくら爵位が上とはいえ、自分の領地にいる冒険者を無理に引き抜くことは、まさか、あるとは思っておりませんが」


 決闘に勝利したジンを抱え込み、息子の敗北をうやむやにする手は、使わせない。


 言外で、そう匂わせたペルティエ子爵に、ランストック伯爵は鼻白んだ。


「そうですか……。むろん、領地にいる人間は領主のものです。誤解させたのなら、申し訳ない」

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