第28話 空気を読まないどころじゃない

 ズンズンと歩いてきたギュンターは、まっすぐに、こちらへ。


 立っていた俺を睨むも、すぐに逸らした。


 このパーティーの主催者であるペルティエ子爵家の親子に対して、向き直る。


「私はランストック伯爵家の次期当主、ギュンターでございます! お騒がせした非礼を詫びると同時に、ぜひ申し上げたいことが!」


 ビシッと、貴族令息のポーズをしているものの、ツッコミどころしかない。


 この場を仕切っているペルティエ子爵のファブリツィオも、渋い顔だ。


 豪華な椅子に座りながらも、不機嫌であると分かる。


「ランストック君か……。発言を許そう」


 今のギュンターは、伯爵家であろうとも、令息だ。

 おまけに、招待状なしで乱入したっぽい。


 それでも、貴族が楽しみにしていた堂々と異性に密着できるダンスタイムを邪魔され、招待客が注目している今は、度量を見せなければならない。


 勢いだけのギュンターが、まるで自分の正当性を認められたかのように、顔を上げた。


「申し上げます! ここにいるジンは、卑怯な手段で先日の決闘を穢したのです!」


「君は……。自分が何を言っているか、理解しているのかな?」


 大げさに頷いたギュンターは、芝居がかった動作で、語り出す。


「はい、むろん! 私の名誉を損なったのだから、こいつは万死に値します!! 仮にも貴族の令息への侮辱は決して許されるものでは――」

「話はそれだけか? なら、この場では終わろう。後日に機会を設けるので、ひとまず帰りたまえ」


 ペルティエ子爵は、穏便にギュンターを排除しようと、試みた。


 ところが、俺のほうを向いたギュンターは、得意げに言う。


「聞いたか? 貴様は早く帰れ! ここは貴族の社交場であって、貴様のような薄汚いドブネズミがいる場所ではないのだ。いずれ汚名をすすぐが、今にあらず。命拾いしたことを喜ぶがいい」


(ペルティエ子爵は、お前に帰れと言ったんだよ……)


 遠巻きのギャラリーも、内心で突っ込んでいるらしい。


 ペルティエ子爵は、俺に視線だけ。


 もちろん、否定的ではないが……。


 これぐらいは、自分で何とかしろ、か。


「皆さん! 不快な思いをさせて、申し訳ない! ダンスタイムを始めますぞ」


 立ち上がったペルティエ子爵は、ギャラリーに謝罪した後で、宣言。


 それを受け、待機していた楽団が、ムードのある曲を演奏し始める。


 ペアを組んでいる男女は、お互いの顔を見ながら歩み出て、スタンバイ。



 勢いづいたギュンターは、ペルティエ子爵の横に座っているエルザ・ド・ペルティエの前でひざまずいた。


「ペルティエ嬢! どうか、私にあなたのお手に触れる栄誉をお許しください!」


 跪いたままで片手を前に差し出した、ギュンター。


 頭を下げた状態だが、ドヤ顔だと、雰囲気で分かる。


「あなたが決闘を見守ってくれたおかげで、この通り、私は無事です! 本来なら、おめおめと姿を現せる立場ではないと知りつつも、次の決闘における名誉挽回の前祝いとして宝石の輝きよりも美しい――」


 退屈そうに聞いていたエルザは、広げた扇で顔の下半分を隠しつつ、俺に視線を向けた。


 注目しているギャラリーから見えないよう、扇の陰で、クイクイッと指を動かす。


 彼女の視線と、招いている指の動きから……自分を誘えと、言っているようだ。


 頭を下げたままで、その様子が分からないギュンターは、ひたすらに口説き続けている。


 その横に跪き、俺も片手を差し出した。

 頭は下げるものの、正面で座るエルザが見えるぐらいで。


「はい、喜んで……。それでは、エスコートをお願いいたしますわ」


 立ち上がったエルザは、嬉しそうな声音で、俺の手の平に自分の手を重ねた。


 誘われるように、片手を引っ張られ、立ち上がる。



「おお! このギュンター、無上の喜びで…………」


 顔を上げた奴は、ようやく事態を把握した。


 呆然とした表情で、跪いたまま、俺とエルザを交互に見つめる。


「さ、ジン様! 早く参りましょう」


 横で片腕を絡めたエルザに引っ張られ、俺たちは歩き出した。


 魔法で空間を把握している中で、ギュンターが激怒したまま立ち上がるのが見えた。


 恋人同士のように密着するエルザに、囁く。


「奴が襲ってくる。離れろ」


 彼女の絡めている腕の力が、抜けた。


 軽く突き飛ばすように離しつつ、後ろから襲いかかってきたギュンターが殴りかかってきた様子をフレームで把握する。


 立ち止まり、背中を向けたままでしゃがむ。

 伸ばした片足による半円の軌跡で、奴の足を刈りつつも、奴が伸ばしている片腕をつかみ、そのままガイドした。


「うわあぁああっ!?」


 感情だけで愚直に殴ったギュンターは、いきなり俺の姿が消えたうえに、足元をすくわれて、俺がつかんだ片腕を軸に一回転。


 背中から、ドターン! と派手に叩きつけられ、見守っていた招待客もクスクスと笑う。

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