第21話 お前、それ戦場でも言えるの?

「おっ! 戻ってきた」

「遅いぞー! せっかく、あなたの騎士さまが、ねだっていたのに」

「道化としては、最高に面白かったけど! クスクス……」


 友人の令嬢たちに迎えられた、エルザ・ド・ペルティエ。


 疲れた表情のまま、自分の席に座った。


「ハアッ……。参りましたわ……。今日に限って、お父様がいないんですもの」


「大変ね?」

「ペルティエ子爵がいたら、誤魔化しようがないって!」

「そうそう……。問題があっても、『娘の教育が足りず、申し訳ない』で済まなくなるし」

「どうするの? 対戦相手の平民は、素手なら強いようだけど……」


 最後の発言で、エルザは顔を向けた。


「一応、ぶつける騎士は用意していますわ……。そちらに勝てば、という話にする予定ですけど」


「確かに、平民をぶちのめしただけで『婚約してくれ』は、ないわね!」

「うん」

「戦うのは、ランストック伯爵家から廃嫡された男かぁ……」

「でも、ギュンター様はそいつに完敗したんでしょ?」


「素手で強いなら、剣も同じぐらいだと思うけど?」

「だよねえ……」


 対戦相手の強さが分からず、首をひねる令嬢たち。



 ◇



 俺は革鎧と左腰に吊るしたロングソードの重さに、溜息を吐いた。


 古ぼけた革鎧は穴が開いていて、ツギハギ。

 動きやすくて音が出にくい、ソフトレザーと呼ばれている部類だ。


 ロングソードは、鞘から抜いたところ、途中でつっかえた。

 無理に抜けば、ギィイイッと鈍い音。

 赤茶けた剣身は、どこから見ても年代物だ。


 小さな盾は、木を並べて外枠でまとめたウッドシールド。

 後ろでクロスさせたバンドで、左腕にくくりつけているものの、まともに防げるとは思えない造りだ。


 もっとマシな武器はあったが、案内役が選択肢を与えず。


 対戦相手のランストック伯爵家が、手を回したらしい。

 あるいは、ギュンター本人か?


 ニヤニヤした顔で見ている中年男――コロシアムの武器庫の管理者――によれば、独断でランストック伯爵家に忖度そんたくした可能性もあるな。


 ペルティエ子爵家が行うには……遠回しすぎる。

 その可能性も、ゼロではないが。


「では、ジン様? そろそろ、対戦場のほうへお願い――」

「ええ! あなたのおかげで、ギュンターに勝てますよ! 本当に、ありがとうございます!!」


 大声で叫べば、中年男の笑顔がなくなり、こいつ、気でも狂ったか? という表情になった。


 けれど、外を含めて、監視役や下働きの人間もいる。


 笑みを張り付けた奴は、言い直す。


「左様でございますか……。ランストック様がお待ちですから、こちらへ」


 先ほどよりも憐憫れんびんを含み、優しい口調。

 揃えた指先で、恭しく、進んでいく先を示した。


 周りに武装した警備兵がいるからか、俺に背を預けたまま、先導する。


 追い立てられるように、歩かされた。


 魔法を発動。


 ――革鎧の構造、素材を解析……終了


 ――対象の表面に対し、不可視のエネルギーシールドを形成


 ――ウッドシールドにも、外見を変えない補強を実施


 石で囲まれた通路を歩きながら、次々に、自身の革鎧とウッドシールドを強化した。


 問題は、ロングソードだ。

 最初から強化した場合、勢い余って、奴を殺してしまう恐れもある。


 ランストック伯爵家を敵に回せば、下働きのメイドを含めて一族郎党が死ぬまで、あるいは子々孫々まで、俺と関係者をつけ狙う。


 とりあえず、魔法で強化した防具で凌ぎつつ、ギュンターの様子を見るか……。


「これだから、貴族は面倒なんだよ」


 ボソッと呟けば、前を歩いている中年男を含め、一斉に見られた。


 黙っていたら、すぐに視線を戻し、俺を中心にしたまま、歩き始める。



『ワァアアアアッ!』


 出口が近づくにつれて、観客席の声も、大きくなった。


 人がすれ違えないほどの通路を歩いていた中年男が、少し広くなった場所で、脇に退いた。


「では、ジン様。ご健闘をお祈りします……」


 へいへい。

 心にない言葉をどうも!


 返事をせず、前に進み続ける。


 小ホールの左右には、警備兵や中年男がいて、後ろにも警備兵だ。

 どっちみち、選択肢はない。


 ガララララ ガシャン


 後ろで、派手な音がした。

 振り向けば、巨大な鉄格子が降りている。


 見世物にされる人間、あるいは猛獣が逃げ出さないよう、逃げ場をなくす仕組みのようだ。


 特に用はないので、日光が差し込んでいる出口へ歩み出て、青空の下へ。


「「「ワァアアアアッ!!」」」


『えー! 対戦相手が出てきたので、ギュンター様の決闘を始めます!!』


 上にいる司会が、一方的に宣言した。


 すかさず、左腰のロングソードを抜いたギュンターが、青白く光る剣先を天に向けた。


「これより、ご令嬢を襲った卑劣漢をゴブッ!」


 移動魔法で距離を詰めた俺は、その勢いのまま、ウッドシールドを固定している左腕を叩きつけた。


 シールドを前に出したまま、体当たりしただけ。

 それでも、ギュンターは不意をつかれたうえ、片腕を上へ伸ばし切ったままの姿勢。


 あっけなく宙を舞い、受け身もなく、地面に叩きつけられた。


「ふぐっ!?」


 背中をぶつけたものの、あごを引いていたから、後頭部を強打せず。

 運のいい奴だ。


 けれど、硬いだけの金属鎧はこういった衝撃を吸収せず、体のダメージを倍加させる。

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