第20話 コロシアムの道化(後編)
『皆さま! 長らく、お待たせしました!! ランストック伯爵家の次期当主であるギュンター様が、自らの名誉をかけての一戦です!』
魔道具を使って、大声のアナウンス。
司会の声に、前座の戦いをチラ見するだけだった貴族も、コロシアムの闘技場を見下ろせる位置へ移動する。
当たり前だが、自分で椅子を動かす必要はなく、全て召使いが行う。
『ギュンター様は貴族として見合う強さがありながらも、自らに厳しい訓練を課すために、この迷宮都市ブレニッケへ! しかしながら、この場には、かつての知人がいたのです!! 領主であるペルティエ子爵家のご令嬢に迫る場面を目撃したことで、紳士として、また、騎士としての誇りを胸に、この決闘を申し込んだ次第!』
コロシアムのほうを向いた、横一列の椅子に移動した令嬢は、誰もが冷めた視線だ。
「物は言いようね?」
「大衆には、受けるでしょ」
「エルザから聞いた話と、ぜんぜん違う。フフフ……」
少し離れた観覧席でも、大人の貴族たちが、面白がっている。
「ランストック伯爵の姿が、見えませんな?」
「お忙しいそうで……」
「それはそれは! 次期当主の息子の晴れ舞台に顔を出せないほどの用事ですか!」
「ハハハ」
『では、ギュンター様にご登場いただきます! 皆さま、拍手をもって、お迎えください!!』
ダラララと、控えている楽団がリズムをとり、雰囲気を盛り上げた。
剥き出しの地面で、入場用のゲートから悠然と姿を現した、1人の若者。
動きやすいパーツの金属鎧だが、丁寧に仕上げられていて、飾りのような金属プレートで防御力を高めている。
左腰から吊るしている鞘には、ロングソード。
両腕のガントレットは、外側を向いている面が補強されている。
どうやら、簡易的な盾としても、使えるようだ。
両肩から後ろに靡かせているマントは、いかにも、高級品。
事前にサクラを雇っていたのか、ギュンターの名前を呼ぶ、若い女の声も多数。
それに釣られて、他の群衆も、彼を応援し始めた。
中央の手前で立ち止まったギュンターは、上から降り注ぐ声に応じて、片手を上げる。
それを降ろした時に、楽団の演奏も止む。
こちらも、彼の仕込みか?
控えていたスタッフが駆け寄り、マイクを渡す。
ギュンターは、大勢の注目を浴びて、満足そうな表情だ。
『諸君! 本日は私のために来ていただき、感謝する! この決闘の理由は、先ほどの説明の通りだが……。どうか、対戦相手の素性は気にしないでやって欲しい! 彼にも止むに止まれぬ事情があったのだろう! だが! 身の程を弁えず、貴族のご令嬢に下劣な欲望を向けたことは、私が絶対に許さない!!』
言葉を切ったギュンターが、貴族のバルコニーを見上げた。
『ペルティエ子爵令嬢! いえ、この場ではエルザとお呼びすること、どうかお許しください! 私はこれより、あなたを毒牙にかけようとした卑劣感を打ちのめし、その名誉を回復いたします!!』
地面に片膝をつけたギュンターは、騎士のように
『エルザよ! これから命懸けの決闘に臨む私のため、御身につけている物を拝借させていただきたい!!』
これは、騎士同士の決闘で、自分のために戦ってくれる騎士にハンカチなどを渡す儀式だ。
勝利した騎士は、預かったものを返すと同時に、あなたのおかげで無事に勝てましたと報告するのが習わし。
盾などにつけ、相手の攻撃でズタズタになるほど、その価値は高まる。
負けた騎士は、惨めに
死ぬことも多く、その場合は、令嬢や夫人が残された血だらけのハンカチを握りしめたまま、泣き崩れるのだ。
言うまでもなく、自分を託すほど親しいか、大事な相手という、意思表示。
周辺の貴族だけではなく、迷宮都市ブレニッケの平民も集まっている場だ。
社交界とは別の、無責任に
後から、どれだけ否定しようとも、エルザとギュンターは将来を誓い合った仲だと公認されたまま。
貴族は、小さな村を治める騎士爵であっても、敬遠するだろう。
このやり方の面倒な点は、ここがペルティエ子爵家の拠点であること。
騎士物語の一場面に出ながらも主役の騎士を袖にすれば、エルザは自分の領地でありながら、その立場を失う。
エルザからの返事は、ない。
『どうか! このギュンター。我が身をかけて、勝利を捧げるゆえ――』
『誠に申し訳ございませんが、お嬢さまは席を外しております』
老齢の男の声で、片膝をついたままのギュンターは、顔を上げた。
『な、何を言っている? お前に用はない!! 早く、エルザを出さんか!?』
バルコニーの先に立つ老齢の執事、ジェロムが、事情を説明する。
『お嬢さまは先ほど体調を崩れ、退室しています……。戻りましたら、お知らせいたしますので』
深々と頭を下げたジェロムは、回れ右をして、壁際へ下がった。
思わず立ち上がったギュンターは、無意識に手を伸ばすも、それに意味はない。
「プッ……。何、あれ?」
「顔を見るのも、嫌なんだろ」
「ギャハハハ! こりゃ、傑作だぜ! 元気出せよー、貴族さま!!」
「男は、諦めが肝心だぞー?」
見下ろしている観客席から、この寸劇を面白がる声。
下ろした片手で、
誰が何を言ったのかは、分からず。
下から睨みつけても、無関係な人間にまで嫌われる。
空気が悪くなったことで、司会が慌てた。
『で、では! そろそろ、対戦相手の……お戻りになるまで、お待ちになりますか?』
恐る恐る、言ってきた司会に、呼吸を整えたギュンターが答える。
「いや、構わない……。続けてくれ」
控室に戻っても、外で待たされる群衆は自分を悪く言うだけ。
それより、圧倒的な強さでジンを叩きのめし、こいつらに改めさせるべきだ。
左腰のロングソードを確かめたギュンターは、気持ちを切り替えた。
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