第18話 貴族は誰にも頼れない

 俺と向き合っているギュンターは、見るからに狼狽ろうばいしている。


 どうやら、彼がペルティエ子爵、ファブリツィオのようだ。


 ギュンターの追撃はないと踏んで、俺もペルティエ子爵のほうに向き直り、会釈。

 今は平民で、自己紹介はせず。


 俺に向けられていたペルティエ子爵の視線が、外れた。


 彼は、憮然としたまま、娘に話しかける。


「エルザ、何があった?」


 全員の視線が、1人用のチェアにいる少女に集まった。


 当のエルザは、扇を膝に置いたまま、あっさりと答える。


「何も……。わたくしがこちらのジン様と商談をしている最中に、ランストック様が到着されただけのこと。久々の再会で、御二人が親交を深めていました」


「そんな馬鹿な!? こ、この男が! 平民風情が、私に暴力を振るったんだぞ!? 見ろ! あざになっているではないか!」


「さあ? ランストック様が、ご自分で転ばれたのでは?」


 驚愕の表情になったギュンターが、さらに反論しようとするも――


「ランストック君……。聞けば、先触れもなく、娘がいる場所へ押しかけたそうじゃないか? ここはペルティエ家の館で、その領地だ。まさか、ランストック家は『爵位はこちらが上だから、無理に従わせればいい』と考えているのかね? 娘の発言が信用できないと?」


 完全に呑まれたギュンターは、必死に否定する。


「い、いえ……。決して、そのようなことは……」


 この時点で、勝負は決した。


 ランストック伯爵家で偉いのは当主のパウルで、令息のギュンターにあらず。

 子爵家であろうとも、その当主に交渉するのは不可能。


 ギュンターに、家同士の争いにする度胸はない。



 ◇



 白いテーブルクロスが敷かれた、細長いテーブル。

 食堂の灯りで煌めく、フォーク、スプーンなどの銀食器。


 召使いが運んでくる皿が、新たに置かれた。

 その一方で、食べ終わった皿は、スッと回収される。


 壁際に立つ執事、メイドが、気配を殺している中で、上座の男、ペルティエ子爵であるファブリツィオは口を開いた。


「エルザ? 先ほどのことだが……。お前の意見は?」


 彼女は、カチャリと、両手に持っているカトラリーを置いた。


「はい、お父様……。ジンについては、利用価値があります。ひとまず、私のほうで管理したいのですが」


 少し考えたファブリツィオは、やがて頷く。


「ランストック伯爵家から追放された人間で、そちらへの交渉カードにもなるか……。ダンジョンの鉱石を採掘する手段としても、調べなくては……。良かろう。お前の裁量でやってみなさい」


「ありがとうございます、お父様」



 世間話に移り、デザートと紅茶になった段階で、再び真面目な話に。


「ところで、エルザ……。そろそろ、お前の結婚についても、話を進める必要がある。我が家は妻に先立たれ、夫人による社交で不利。お前のほうは、どうだ?」


 溜息を吐いたエルザは、父親の顔を見た。


かんばしくありませんわ……。カスティーユ公爵の血筋として、あからさまに侮辱はされないものの、序列に従っての取り巻きがせいぜい。『金がある子爵家』としての無心も、一度や二度ではありません」


 それを聞いたファブリツィオは、腕を組んだ。


「伯爵や侯爵と比べれば、『吹けば飛ぶ、紙切れ』だからな。それで金があるとなれば、勘違いしたやからも出よう……。こちらも、貴族からの縁談が増えていてな? 下手な家と繋がれば派閥に影響するから、断るのに苦労しているよ」


 自分のところには、手紙が回ってこない。


 その前に処理されていると知ったエルザは、涼しい顔だ。


「お父様のお考えは?」


 腕を降ろしたファブリツィオは、あっさりと答える。


「所詮は、この領地に付属した爵位よ! 上品な令息どもに、ダンジョン目当ての荒くれ者や強欲な商人どもをさばいて上位貴族からの圧力を跳ね返せるとは思えん。目先の金だけ見ているボンクラを婿養子にするぐらいなら、領地と爵位を返上したほうがよっぽどマシだろう? 金づるにされ、面倒と責任だけ押しつけられた挙句に破滅するのが、目に見えているわ!」


「ですわね……」


 貴族とは思えない会話だが、壁際に立つ召使いたちは反応せず。


 迷宮都市ブレニッケが、ペルティエ子爵家の拠点。

 彼らは、カスティーユ公爵家の人間が爵位付きの領地を与えられ、独立した形だ。


 城塞都市だけでは、農地が足りない。

 囲んでいる壁の外には広い耕作地が広がり、そちらにも騎士団の駐屯地や衛兵の詰め所がある。


 裏を返せば、この拠点を失えば、領地の経営は成り立たず、ただの人。

 平民に落ちぶれる。


 元貴族の末路は、悲惨だ。

 自分たちの税や労役でさんざんに贅沢をしたと平民に恨まれ、嬲り殺しもよくある。


 同じ派閥の貴族も、平民に落ちた元貴族など、関わりたくもない。

 個人的に親しければ、こっそりと逃がす手筈は整えるだろうが……。


 貴族は、自己責任。

 利害や血筋で派閥を作り、自分の存在価値を示すのみ。

 家を侮辱されれば、たとえ族滅してでも報復しなければ、末代まで舐められる。


「何にせよ、子爵家ぐらいで政略結婚に殉ずる必要はない!」

「そう言っていただけると、助かりますわ」


 どこまで、本音やら。


 しかし、結果的にお家のための政略結婚でも、これぐらい言ってくれる親のほうが尊敬できるし、尽くし甲斐がある。

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