第17話 カウンターは威力が倍増する

 エルザの発言を聞いたギュンターは、自信たっぷりに宣言する。


「そうですか! いえ、これは失礼しました……。さすが、ペルティエ子爵家! 急ですが、本日よりお世話になります。荷物は後で運んでもらうとして、私の部屋――」

「ちょっ! ちょっと、お待ちいただけますか? まさかとは思いますが、あなたは当家の館に泊まりたいと、おっしゃっていますの!? ここでの滞在中に?」


 驚きを隠せない声音で、エルザが叫んだ。


 いっぽう、笑顔になったギュンターは、貴族らしい態度で応じる。


「ええ、そうですが? これまで冒険者のクランにいたものの、連中は粗暴の極みでして! いやはや、ペルティエ嬢のご理解がいただけて――」

「失礼ながら……。お嬢さまは、『迷宮都市ブレニッケに滞在することに反対した覚えはない』と仰いました。当館はちょうど改装中でして、ランストック様をおもてなしするだけの準備がございません。恐れ入りますが、お時間をいただきたく存じます」


 この場を取り仕切っているであろう、白髪の執事ジェロムは、すぐに言い返した。


「貴様には聞いていない! 仕える貴族の発言を曲解したうえ、勝手に返事をするとは……。ペルティエ嬢! この痴れ者に言ってください!!」


 だが、座っているエルザは、扇で顔の下半分を隠して、視線を逸らしたまま。


 ここで言い返せば、不毛な水掛け論のうえ、ペルティエ子爵家とランストック伯爵家の全面対決になってしまう。


 貴族の対立は、どちらかが滅ぶまで、続くのだ。

 それも、お互いの派閥を巻き込み……。


「ご不満でしたら、ペルティエ子爵に仰ってくださいませ……。旦那さまのご指示でしたら、お嬢さま、私も、そのまま従いましょう」


 ジェロムは、さらに言い放った。


 それができないから、からめ手で、エルザを説得しに来たのだろう。


 見る見るうちに、ギュンターの顔が赤くなった。


「たかが、執事の分際で! ランストック伯爵家の次期当主たる私に意見するとは、たいした度胸だな!?」


 立ち上がる気配を感じたので、とっさに魔法を使う。


 ――身体強化


 一時的に強化した俺は、立ち上がって、早足で執事に駆け寄るギュンターの前に立ちふさがった。


 勢いがついている奴は止まれず、驚きの表情をするも、次の足を前に出す。


 肩を前に出してやれば、ちょうど、奴のあごに当たる。


「ぐふっ!?」


 急所に当たったことで、ギュンターはくぐもった声を上げつつ、よろよろと後ずさった。


 懲りずに前進したから、今度は、待ち構えていた俺の肘に当たる。

 こちらも合わせ、半身のまま、片足を前に踏み出した。


 ドンッと鈍い音が響き、奴は後ろへ吹っ飛ぶ。


 下は厚いカーペットのため、派手に尻もちをついても、怪我はしない。

 精神的には、知らないが。


「なっ……」


 下でひっくり返ったまま、驚きの声を上げる、ギュンター。


「……クスクス」


 誰かは知らないが、笑ったようだ。


 傍から見れば、面白いだろうよ?


 笑われた本人を除けばな?


「今、誰が笑ったアァアアアアアア!?」


 勢いよく立ち上がったギュンターは、周りを睨むが、誰も目を合わせない。


 奴は、正面にいる俺を見た。


「ジン! 貴様、ランストック伯爵家に育ててもらった恩を忘れて!! 恥を知れ!」

「領地からも追放した奴らが、言うことではないぞ。次期当主さま?」


 言い返したら、今度は、右手で殴ってきた。


 手の甲で逸らしつつ、ギュンターが伸ばした腕の外側をなぞるように近づき、そのまま、奴の首に手刀をお見舞いする。


「んぐっ!」


 再び急所に攻撃され、ギュンターは苦しそうな表情で咳き込んだ。


 俺のほうは、相手と正対したまま、摺り足でゆっくりと後ずさる。


 見れば、奴は圧倒されたことで、警戒しているようだ。


 さてさて。

 考えるよりも早く、手を出したが……。


「貴様……。どうして、それほどの強さを!?」


 ショックを受けているギュンターは、俺を見たまま、呟くだけ。


 マズいかな、これ?

 今の俺は一山いくらの平民で、あちらは貴族さま。


 ランストック伯爵家がまたヒットマンを送り込んでくる前に、とっとと迷宮都市ブレニッケから逃げたほうがいいか?


 自作自演とはいえ、模擬戦で叩きのめされた腹いせは行えた。


 じゃあ、ここから帰り、関係者に挨拶を――


「これは、何の騒ぎだ?」


 渋い男の声が、応接間を兼ねたホールに響き渡った。


 そちらを見れば、いかにも当主らしき、立派な服装の中年男が1人。


 この場をまとめている、召使いの筆頭らしきジェロムが、執事らしく、頭を下げた。


「お帰りなさいませ、旦那さま」


 それに合わせて、他の執事、メイドも、頭を下げる。

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