第15話 迷宮都市ブレニッケの支配者(前編)

 支配者にふさわしい室内で、ひたすらに悩む面々。


「奴は、勘違いしているな……。返品できんか?」

「無理だね! うちで面倒を見るしかない」


「それにしても、伯爵家がこれほど貢いでくるとはな……」

「迷惑料と口止め料も、含まれているんだ。分かるな、ジャンニ?」


 ギュンターの尊大な態度と馴染まない言動に辟易する、『黄金の騎士団』の幹部たち。


 それでも、大事なスポンサーからの要望だ。

 譲れない一線を超えない限りは、お客様として扱う。


 見染めた女団員をベッドに呼ぼうとしては、団長のロワイド・クローなどの幹部に邪魔され、遠回しに釘を刺される。


 じきに、ギュンターは腫れ物の扱いとなり、誰も近づかないように……。



「なぜ、私が、こんな平民ども……。それも、冒険者などと一緒に暮らして、いちいち指図されるのだ!?」


 荒れ続けるギュンターは、娼館で女を買い、奴隷をいたぶれる店で憂さを晴らす日々。


 父親のパウルの願いとは裏腹に、どんどん悪い遊びを覚え、深みにまっていく。



 回り続けたルーレットが、ゆっくりと止まり、ギュンターの前に、木の道具で押し出されたチップが山となった。


 彼は、周囲の驚きと称賛に包まれ、高笑いする。


「ハハハッ! 見ろ! 私にかかれば、こんなものだ!!」


 カジノでは、太客を見つけたら、最初に勝たせる。

 大勝すれば取り返せると覚え込ませた後で、むしり取るのだ。


 『黄金の騎士団』は傘下のクランを引き連れ、ダンジョンの記録更新を狙う。

 むろん、『叡智えいちの泉』の団員も、付き従うことに……。


 遠からず、追放されたジンと、かつての義兄は、比較されるだろう。



 ◇



 迷宮都市ブレニッケは、円の外壁が囲んでおり、内壁はない。

 中央エリアが高級住宅街で、冒険者ギルドなどの施設もあるのだ。


 本来ならば、支配者たる貴族街があって、仕えるメイド、執事か、出入りの業者だけの光景だが、ここでは違う。


 武装した冒険者が歩き、衛兵の詰め所や、貴族の子息が多い騎士団の駐屯地もある。

 光り物が当たり前で、慣れないと、怖く思えるに違いない。



「こうして会ってみると、顔は良いけど、普通に思えますわ。それなのに、ダンジョン探索で、新人ながら、零細クランで自己記録を更新中のホープとは……」


 横に細長い、多人数の高級ソファーに座ったまま、テーブルを挟み、1人用のチェアにいる少女を見た。


 栗色の長い髪と、大人びているが、あどけなさも残った顔に、コバルトブルーの瞳。


 貴族らしい、メイドに手伝ってもらわないと着脱できない服だ。

 凝った装飾になっており、背中の見えにくい位置にファスナーか、ボタンがある。


「子爵令嬢とお話しできるとは、光栄の極みです。ええと……」


「エルザ・ド・ペルティエで、ございます……。どうぞ、エルザとお呼びください。貴族の社交場ではありませんから」


 首肯した俺は、改めて呼びかける。


「単刀直入に伺います、エルザ。……他に人がいるとはいえ、レディのする行動ではありませんよね? 何が目的で?」


 座ったまま、腕を組んだエルザは、あっさりと教える。


「ランストック伯爵家から追放された元貴族に興味があったのが、1つ。それと、ダンジョンの中から、見事にカットされた鉱石を持ち出したことです」


「問題が?」


 首を横に振ったエルザは、俺の顔を見ながら、悩ましげに告げる。


「いいえ。ダンジョンの中で何をしようが、持ち帰った人間のもの。そこを曲げる気はございません! あなたが持ち込んだ鉱石の形があまりに美しいから、その原因を調べていました」


 そこで、色っぽく、溜息を吐いた。


 話を進めるため、エルザに言う。


「手の内を明かす気はありませんよ?」


 チラッと見たエルザは、膝の上で両手を重ねる姿勢に。


「そう言うと、思っていましたが……。鉱石の採掘の専門クランと、地上で精錬、加工をしている商会が五月蠅いのです! どこかで加工した結果なら、誰も注目しませんが。あなたの鉱石は、ダンジョンから出た直後で、芸術品のような切断面でした。従来とは違う採掘方法としか思えず。『商売敵となる前に潰したい』、『その採掘方法を独占したい』というわけ……。まともな道具を持ち込まずに、となれば、誰だって興味を持ちますよ? わたくしも、例外ではありません」


「落とし所は?」


 笑顔になったエルザが、提案してくる。


「ひとまず、ペルティエ子爵家のお抱えになりなさい! そうすれば、領主の御用達に噛みつくことになり、鉱石クランと商会から、狙われません。……いかがでしょうか?」


「ダンジョン内の採掘に関して……と考えても?」


 こくりと頷いたエルザは、具体的に述べる。


「いきさつが広まった以上、あなたのクラン、『叡智の泉』に対して、この扱いとします。これはダンジョン内での採掘の依頼を出すに留まり、あなた方の後ろ盾とならないことをご承知おきください。よっぽど目に余れば、こちらの名誉に関わるため、動く場合もございますが……」


「分かりました。他のクランとの揉め事で、そちらの家名を出しませんから……。契約は、その都度で?」


「はい。報酬は相場通りで……。ランストック伯爵への配慮で非公式になりますが、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ」

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