「叡智の泉」としての生存戦略

第10話 逃げることも戦術の1つ

 図書館のような、『叡智えいちの泉』の本拠地。


 小人数だけあって、それぞれに個室。

 俺にも、一人部屋が与えられ、意外にプライバシーがある生活。



 ダイニングテーブルを囲み、台所で調理した料理をいただく。


 ここで、団長の杠葉ゆずりはが、食事の合間に、話題を振る。


「さて、お前たち……。ダンジョンの探索で頭が一杯だろうが、大事な話だ! 私たちは現在、『黄金の騎士団』と完全に敵対している。前々から、奴らは陰で悪口を言っていたわけだが、私の発言もあって、全面対決になった。……黙っていたほうが良かったかもしれんな? すまん」


 望乃ののが、真っ先に否定する。


「いいえ! そもそも、今までが弱腰すぎました!! 私たちもクランである以上、どれだけ大手でも、譲れないラインはあったはず! 遅かれ早かれ、独立か、吸収されるかの二択でした。下請けとして吸収されれば、もっと酷い毎日になったでしょう!」


 小人族だが、望乃より大人っぽい衣緒里いおりも、同意する。


「ええ……。それを考えたら、ジンが来てくれて、まだ選択肢があるといった感じですね?」


「俺のせいで、いきなり敵対した流れだ。そこは、責任を感じているよ」


「前からの積み重ね、と言っているだろう?」

「そのうち、望乃が馬鹿にした女を殴っていたと思います!」

「責任を感じているのなら、私たちが尊厳を守りつつ生き延びる道を探りましょう」


 3人から、言い返された。


 そこで、疑問に思う。


「なあ、杠葉! 奴らは、すぐに仕掛けてくると思うか? いずれは『黄金の騎士団』を潰すか、俺たちが出ていく結末になるだろ?」


 手を止めた彼女は、難しそうな顔で首肯した。


「そうだな! ロワイドの性格では、すぐに仕掛けてこないだろうが……。身内だけの場で、団員の不始末とはいえ、あれだけメンツを潰された。報復せずは、あり得ない! 最終的なゴールとして、私たちが新天地を目指す……となるだろう」


「潰すのは無理か?」


 俺のほうを向いた杠葉が、苦笑した。


「この迷宮都市ブレニッケの秩序を維持しているのは、奴ら……。そういう側面もあるんだ。仮にロワイドを殺しても、他の幹部は残っているから『先代の報復』になるだけ! だいたい、この4人でどうやって潰す? 奴らが、『叡智の泉』に物を売るな! と言えば、すぐに生活が成り立たなくなるぞ?」


「ここから出て行くことに、何か障害は?」


「冒険者ギルドでクランの解散を申請……。逃げていく先によっては、これを無視できる。やっぱり、『どこへ逃げるのか?』だ! この迷宮都市ブレニッケは、ダンジョンからの収益が大きく、周辺への影響力が大きい。賞金をかけられるか、ヒットマンを寄越す恐れもある!」


 悩み始めた3人を見た俺は、提案する。


「とりあえず、ダンジョンに潜って、金を稼ぐしかないか……」


 3人娘は、無言で、一斉に頷いた。



 迷宮都市ブレニッケ。


 その主な収益源であるダンジョンは、冒険者ギルドが管理しているものの、「勝手に入って勝手に出てこい」という方針だ。


 言い換えれば、無法地帯。

 中で脅しや殺し、強奪があっても、それが発覚することは少ない。


 いずれかのクランに参加する理由の1つが、常に数人が固まることで、他の奴らに襲われないか、されても返り討ちにするため。



 ◇



 俺は、望乃と一緒に、街を散策していた。

 冒険者ギルドを覗くついでに、中央の綺麗なエリアを歩き続ける。


 身長が低いため、望乃は少しだけ早足だ。


「ここは、人気があるレストラン! 正装なら、私たちでも入れます! それで――」


 観光ガイドのごとく、次々に話す。


 それを聞きながら、合間に尋ねる。


「望乃? お前たちの装備だが……。俺が作ってやろうか?」


 ピタリと、望乃の足が止まった。


 俺のほうをジーッと、見上げる。


「ジンが?」


「ああ、そうだ……」




 ――数日後


「おお~!」


 望乃は、大袖がある、前で閉じる黒い着物で、感嘆の声を上げた。


 腰の辺りで太い帯を巻きつつ、下半身は動きやすいデザインだ。

 足元は、雪駄せった



「悪くないですね……」


 衣緒里は、青の着物だ。


 ちなみに採寸は、見ただけで合わせ、本人に着てもらいつつの調整。


 その技術だけで、体に触れられたくない貴族の御用達になれるぞ? と、杠葉に突っ込まれた。

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