第9話 退けば、ただ奪われるのみ

 場が、静まり返った。


 今度はギャラリーに、怒りのオーラがどんどん満ちていく。


 その雰囲気を感じとったロワイド・クローは、差し出していた手を下ろしつつ、急いで取り成す。


「落ち着いてくれ!! 僕たちも入団希望者を試したんだ! 彼にも、自分で決める権利がある!」


 向きを変え、作り笑顔で俺と向き合う。


「どのクランを考えているんだ? 自分で言うのも何だが、迷宮都市ブレニッケでは、ここが一番大きいよ?」


 言外に、納得できる理由がなければ……。


 あるいは、俺が口にしたクランに、予め手を回すつもりだろう。


 答えない選択肢も与えないと……。



「ジンは、望乃ののたちと一緒に『叡智えいちの泉』で働きます!」


 場違いに思える可愛い声が、コロシアムに響き渡った。


 その発言で、目の前のロワイドが焦る。


 どうやら、都合が悪いようだ。


「望乃! 君が勝手に決めることでは――」

「ああ……。これだけ強いのなら、ウチに欲しいな?」


『叡智の泉』の団長である杠葉ゆずりはが、あっさりと認めた。


 この3人は、小人族だ。

 子供に見えるが、全員とも大人らしい。


 語気を荒げたロワイドが、反論する。


「君たちは女3人のクランだ! 男1人を加えるのは、トラブルの元だぞ!? せめて、うちから女を派遣――」

「丁重に辞退するよ、クロー団長? 昨日の昼もバルコニーで、『あたし達がケツを持っているんだ。3人全員で腰を振って、団長を喜ばせ』と聞こえた。お宅の団員だ。そんな連中は、顔も見たくない!」


 立ち上がった杠葉は、それを言った女と、そのグループを見据えた。


「心当たりがあるだろう? ……そうか。私の目を見られないほど、図星か」


 いわれなき侮辱に、誰かが抗議の声を上げようとしたら、杠葉が先手を打つ。


「ちなみに、その時の会話は録音してある。……そういう魔道具があってな? 嘘だと言うのなら、今ここで再生してやる!」


 ジッと見られた女が挙動不審であることから、周囲は事実であると悟った。


 誰も、口を開かない。



 ◇



 城のような、『黄金の騎士団』の本拠地。

 その上層にある執務室に、主な幹部が集合していた。


 頭痛がしている感じのロワイド・クローが、団長として、口火を切る。


「まさか、杠葉の言った通りとは……。僕のメンツは丸潰れだよ! で、言っていたバカ共は?」


 女幹部が説明する。


「杠葉団長と『叡智の泉』を侮辱していた団員は、数名でした。彼女たちは自白しており、謹慎させていますが……。問題は、日常的に『叡智の泉』を馬鹿にしていた団員が、少なからず存在していることです」


 ドワーフのカリュプスが、呆れたように呟く。


「まあ、気持ちは分からんでもないが……。言質をとられたのは、マズかったの! しかも、他の入団希望者に聞かれた。まあ、そっちは治療費の借金で雁字搦めか、立場を分からせたから、よもや吹聴しないだろう」


 ジンにスピードタイプと評されたジャンニは、オーク族の巨体を揺らしながら、吐き捨てる。


「ケッ! 『叡智の泉』が俺たちに寄生していることは、事実じゃねえか……。ロワイドの誘いを蹴ったわけだし、そいつを受け入れた『叡智の泉』ごと干せばいいだろ? そろそろ、身の程をわきまえさせろ!」


「それは、そうじゃ……。しかし、あれだけ強いやつを逃したのは惜しかった……。ロワイドと同じで魔法を付与した何かを身に着けていたにせよ、ここまでとはな?」


 カリュプスは、しみじみと述懐した。


 しばしの沈黙の後で、女幹部が団長に尋ねる。


「ともかく、ジンと彼が入った『叡智の泉』の扱い。それに、『叡智の泉』の3人を侮辱した団員への処遇を!」


 座ったままで両腕を組んだロワイドは、結論を述べる。


「僕がコケにされた以上、いずれ『叡智の泉』に何らかの制裁を加える。ただし、今は、こちらが悪者だ。音声の録音はブラフの可能性があるものの、団員から噂が広がることも考慮しなければならない。……侮辱した団員にはペナルティとして、追い詰めない程度の上納か、奉仕活動をさせろ! 結果的にダンジョンで死ぬのは、構わない」


 この条件では、『黄金の騎士団』の看板に傷をつけた女どもが、事故に見せかけて殺されることもあり得る。


 それも、手っ取り早い解決方法だと、ロワイドは考えた。



 溜息を吐いたロワイドが、続きを口にする。


「ジンがあれほど強いことで、『叡智の泉』は注目されるだろう……。本当は、彼を取り込み、恩を仇で返した『叡智の泉』を迷宮都市ブレニッケから永久に追放したいが……。今となっては、うちの結束が失われるだけ」


「まあ、そうじゃな……」

「もしも、『叡智の泉』を貶している奴を調べたら、うちの半分以上が当てはまるだろうよ……。俺を含めて」


 カリュプスとジャンニは、それぞれに同意した。


 ロワイドが、女幹部に聞く。


「それで、彼と『叡智の泉』の動きは?」


「はい、団長……。彼らはダンジョンに潜り始めて、着々と自分のレコードを塗り替えているようです。まだ初心者のエリアですが……」


 ここで、カリュプスが口を挟む。


「金食い虫だった『叡智の泉』が、ジンの加入でようやく独り立ちを始めた。その点は、悪くない。ロワイドは、大いに不満だろうが……。これで、うちの中でも評価が変わっていくだろうよ」


 慰めの言葉を付け足したが、肝心のロワイドは、狙っている女たちに男1人が交じり、荒れている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る