第3話 乗合馬車の硬い座席ともお別れだ

 道中でトラブルがあったものの、片付けた。

 領地から出れば、ランストック伯爵家が仕掛けてくると思ったよ……。


 ともあれ、迷宮都市ブレニッケに着いた。


 乗り合い馬車から降りて、思い思いに体を伸ばす。


「あー! 着いた、着いた!」

「ここがブレニッケか……」


 その一方で、商人たちは黙々と荷下ろしや、待っていた取引相手と話し合っている。


「おい! 早く積み込め!!」

「契約通りに用意したので――」


 俺は、背負い袋ぐらいだ。

 肌身離さず身に着けなければ、盗まれても自業自得というだけ……。


「うはっ!? すげー大金!」

「早く冒険者ギルドに行って、登録しようぜ! 俺たちの強さなら、大手のクランにも楽勝だぜ!!」


 勘違いしている男2人は、相場の3倍の報酬をもらい、この世の春だ。

 こっちの苦労も、知らないで。


 まあ、俺が勝手にやっていたことだが……。


 クランとは、パーティーの上位互換だ。

 助け合う集団であるものの、上下関係が厳しく、一度入ったら簡単に抜けられない。

 下手なところに入れば、地獄を見るらしい。



 改めてブレニッケを見れば、円の形で、外壁が囲んでいる。


 視線を落とせば、内部へ入れる門に、人が並び始めていた。

 どうやら、出入りの審査らしい。



 ――数時間後


 人を見下している衛兵にネチネチと言われつつも、通行税を払い、通してもらった。

 素性不明な人間を多く見ていれば、ああもなろう。


「ま、気分が良くなる連中じゃないが……」


 誰に話すでもなく、ぼそりと呟いた。


 同心円状に一定間隔で街道があり、それらが中央へ向かう直線で交差している。

 最短ルートを選べば、やがて目的地という寸法だ。


 思っていたよりも大都市で、内壁はゼロ。

 普通は、貴族と庶民を区切るため、2つ、3つはあるのだが……。


 例の二人組と、その取り巻きを追いかける形で、俺も中央の冒険者ギルドへ向かっている。


 昼とはいえ、人の行き来は激しく、その年代、種族はバラバラ。

 武具を身に着けたままの冒険者らしき連中も多い。



 やがて、中央の綺麗なエリアで、これまた立派な建物に二人組が入っていった。

 儲かっているねえ……。


 俺も、その後を追う。


「うぃーっす! 俺ら、期待の新人なんで! 大手のクラン、見繕ってくれっす!」

「何せ、グリドベアを一刀両断だからな!」


 受付嬢にイキり倒す、バカ2人。


「えーと……。クランの紹介ですね? 商会による紹介状があると……。大手ですが――」


 この迷宮都市、ブレニッケでは、ツートップ。


 『黄金の騎士団』は、俺と同じ人間族のロワイド・クローが団長。

 亡国の王子という評判で、金髪碧眼の甘いマスクらしい。

 人望と力を兼ね備えた、天に愛された男。


 規模は、このブレニッケで有数。

 新人の教育と、役割分担がしっかりしているため、堅実にダンジョンを歩ける。



 もう1つが、『不屈の槍』だ。


 こちらは脳筋の集まりで、個人主義。

 ドワーフのルイジが団長を務めており、新人が入っても、内部の模擬戦で再起不能にされることが珍しくない。


 その代わり、戦闘力と実績は、個人レベルで『黄金の騎士団』を凌ぐ。


 『黄金の騎士団』とは仲が悪いものの、トップ同士は大人の対応だ。

 団員の数では敵わないうえ、このブレニッケの流通を押さえられ、真っ正面から対立すれば、泥沼になる。


 いっぽう、『不屈の槍』は、職人気質の鍛冶ギルドと仲が良く、意図せずして、住み分けの状態。



 受付嬢は、そういった内容をオブラートに包んで、分かりやすく伝えてくれた。


 デリケートな話題は、ブースで話そうぜ?

 俺みたいに、似たような質問をしたい奴にも聞かせているのだろうが……。



「とりあえず、両方に行ってみようぜ!」

「だな……。条件が良いほうに入ればいいや」


 上から目線に、周りで聞き耳を立てていた冒険者たちは、怒り心頭だ。


 そのギャラリーに囲まれ、殺気すら漂わせる集団に辟易していたら――


「ずいぶんと、賑やかだね?」


 爽やかな声だ。


 そちらを見れば、金髪碧眼で、王子様みたいな優男がいた。

 女にモテそうなタイプ。


 男女の取り巻きに囲まれ、カウンターのほうへ歩いていく。


 ギャラリーは、好き勝手に話す。


「クロー団長だ!」

「あいつら、黄金に入るんかなあ?」

「それは、嫌!」


「へえ……」


 軸がブレない歩き方や周囲に気を配っている様子から、『黄金の騎士団』のロワイド・クロー団長の評価を改めた。


 女に囲まれて、鼻の下を伸ばすだけの男ではない。

 けれど、格好をつけているものだ。


 その秘密が分かった俺は、苦笑する。


「まあ、どういう理由であれ、強さは強さか……」


 ぼそりと呟いただけだが、そのロワイドが立ち止まり、俺のほうを見た。

 取り巻きもならい、全員の視線が集まる。


 俺は目を合わせず、他の野次馬に紛れた。



 視線を戻し、コツコツと歩いたロワイドは、空いている受付嬢に話しかける。


「すまないが、次の探索で――」


 用件を聞いた受付嬢は、相手の名前を呼びながら、座れる場所を勧める。


「はい、クロー団長! あなたの担当を呼びますので、ボックス席にご案内――」

「クローさん!」


 バカの1人が、居丈高な声で呼びかけた。

 さらに熱量が上がったギャラリーに対して、ロワイド本人は笑顔のままだ。


「何かな? 僕の記憶が正しければ、君たちとは初対面のはずだが……」


 貫禄ある態度に、さすがのバカ2人もかしこまった。


「は、はい! 俺たち、ブレニッケに来たばかりで……」

「あの……。ぜひ、『黄金の騎士団』に入れてもらいたくて……」


 いつの間にか、見学ではなく、入団希望になっている。


 苦笑したロワイドは、笑顔のままで告げる。


「ならば、入団試験を受けてもらう。その結果によるね?」


「お、俺たち、グリドベアを一撃で倒したんですよ!?」

「同行した商会も、それを証明してくれます!」


 いきり立つ2人に、ロワイドは首を横に振った。


 差し出された紹介状を見ずに、説明する。


「それが本当なら、入団試験でも僕たちを唸らせる結果を出せるはずだ。違うかい?」


 反論できない2人に、ロワイドは付け加える。


「僕たち『黄金の騎士団』は、優秀な人材を求めている。興味があるのなら、ぜひ本拠地へ来てくれ! いつでも入団試験を行おう」


 あっさりと受け流したロワイドは、出てきたギルド員に案内され、ボックス席へ移動する。


 取り残された2人は呆気にとられるも、ギャラリーの馬鹿にしたような嘲笑で我に返った。

 顔を真っ赤にしながら、紹介状を握りしめ、冒険者ギルドから出て行く。



 俺もクランを探す気を失くして、続くように外へ。


 勝手が分からないため、適当にぶらつくと――


「てめえを売り飛ばしても、いいんだぞ?」

「ハッ! その前に味見――」


 1つの路地で、小柄な少女が、粗暴な男2人に迫られていた。


 それを見て、思わず声をかける。


「助けが必要か?」

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