第2話 目立たないことが大事

「今日は、ここで野営をします! 食事は1人1杯まで。パンと一緒に、必ず本人がお取りください! 後から言われても、配給しませんので!」


 乗合馬車の御者が、宣言した。


 道中には、他の商会の荷馬車も集まっていて、キャラバンを形成。

 お金を出し合い護衛を雇う場合もあれば、それぞれで自己責任とする場合も。

 その理由は、盗賊やモンスターの襲撃に備えてだ。

 下働きや乗客に扮しながら手引きする奴もいるからな……。



 即席のかまどで、使い込んだ大鍋から、良い香りが漂ってきた。


 誰が言うでもなく、木の容器を持ったまま、行列を作る。



 硬くてマズいパンを浸して、何とか口に押し込む。

 食事付きは、各自の持ち合いにすると、食いっぱぐれた奴が他から盗むか強盗に及ぶからだ。


(煮込んでいるのに肉が生臭いスープ。石のように硬いパン。とても食えたもんじゃないな……)


 心の中で、嘆息した。


 ランストック伯爵家では空いている別宅の暮らしだったが、それでも飯は同じ。

 ずっと1人で食っていたものの、わざわざ別で料理するほうが手間だ。

 別に嫌がらせはなく、貴族らしいメニュー。

 給仕がいないから、セルフサービスだったが……。


(実は昨日の残りか、あいつらの食べ残しというパターンだったかもしれんな?)


 そう思いつつ、味を感じる間もなく、呑み込むように完食。


 すぐに食べ切らなければ、他の奴らに集られるか、奪われるからだ。




「なあ? お前もブレニッケに行くのか?」

「冒険者だろ? 俺たちとパーティを組もうぜ!」


 一緒に乗っている2人組が、誘ってきた。


「話はありがたいが、俺はブレニッケで商会の下働きをやるんだ。悪いな?」


 見るからにガッカリした2人組は、ジロジロと見た後で、一気に態度を変えた。


「ああ、そーかい……」

「分かった。後から言ってきても、絶対に入れてやらないぞ?」


 離れていったが、やっぱり、金があると見て集るつもりだったようだ。


 腐っても、貴族だった身。

 お古の衣類ですら、こういう底辺とは格が違う。


 とはいえ、旅装ですら目をつけられるのは、マズい。


(向こうに着いたら、周囲に溶け込める服にするか……)




 ――数日後


 マズい食事を掻き込みながら、旅は続く。



「グリドベアだあぁあああっ!!」


 誰かの叫びで、乗合馬車は一気に騒然。


「お、おい……。マジかよ!?」

「この護衛だけじゃ、勝てないよね?」


「あ、あんたら! た、戦えるんだろ? 頼む! 加勢してくれ!」


 御者の叫びに対して、俺に絡んでいた男2人は及び腰だ。


「い、いや。俺らは……」

「金を出して、馬車に乗ったんだぜ?」


「だ、だったら! あんたらの分は返したうえで、護衛料の倍……いや、3倍を払う! どうだ!?」


 いきなりの高条件に、若い男2人は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「そ、そうか? だったら……」

「おい! 3倍だぞ? ちゃんと払えよ!?」


 荷台から降りた奴らは、腰に下げたロングソードを抜いた。


 鈍い光を放っているが――



(ダメだな……。腰が入っていないし、軸もブレブレ。ソードは数回で折れる安物だ)


 すぐに分析を終えて、その結果を知った。


 駆け出しだから、当たり前といえば、当たり前。

 御者が血相を変えて法外な金を支払うほどの強敵に、勝てるわけがない。


 けれど、このままでは、俺も困る。



 ――足を中心に、筋肉を強化

 ――心肺機能も


 ――ソードの表面を硬化



 こっそりと魔法を使い、新人の戦士2人をガチガチに強化。


 すると――



「てりゃああぁああっ!」

「はあああっ!!」


 歴戦の戦士でも不可能なダッシュと、その勢いでの斬撃、突きによって、巨大なグリドベアの群れはあっさりと退散。


 文字通りに両断されれば、怖気づいて当然だ。



「すげえええっ!?」

「嘘だろ?」


 乗合馬車の客や商人たちに絶賛され、男2人は得意げだ。


「ざっと、こんなもんよ?」

「俺らにかかれば、どんな強敵も目じゃないさ!」


 バフは切れたが、もういいだろう。


「このまま、護衛をしてくれ! 頼む!」

「お前らがいれば、百人力だ」

「向こうのギルドに紹介状を書こう」


 あれ?

 敵が襲ってくる度に、俺が強化する流れか?


 調子に乗る2人を見ながら、今度こそ、溜息を吐いた。


 どうやら、ブレニッケまでは、こいつらをサポートする必要があるようだ。



 この世界には、魔法がない。

 だから、筋力と技による剣技、または弓術だけ。


 花形は前者のソードアートで、後者は下っ端の役割。

 ゆえに、貴族のランストック伯爵家にいた俺は、ずーっと剣技で判断されていたのだ。


 魔法に気づかれれば、異端とされた。

 兄のギュンターを差し置いて俺が勝てば、お家騒動だ。


(あいつも強化してやったから、俺がいなくなった後にどうなるやら……)


 もう関係ない話だ!

 目の前の2人と同じく、調子に乗って大恥をかくか、奮起して鍛え直すのか。


 俺は、尻が痛くなる長椅子に座ったままで、馬車の揺れに身を任せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る