第13話 決意を固めて
山が近いからか、セミがうるさいくらいに鳴いている。夏と呼ぶにふさわしい炎天下の中で、俺の心は冷え切っていた。
「
頭の中で繰り返される父の言葉。
全く予想していなかったかと聞かれると嘘になる。漫画家ラノベでしか見たことがなかった半妖という種族。半妖ということは、人と
俺の両親は2人共、人だ。今日2人を見てはっきりした。妖気のコントロール練習を始めてから、人と妖の違いが少し分かるようになったから多分、人だ。つまり…
「俺の両親は父さんと母さんじゃない…」
初めてこの可能性に気づいたのは、
…覚悟はしていたつもりだった。でも、
「直接言われるときついなぁ…」
2人はどんな気持ちで今まで過ごしてきたのだろうか。
半妖を
そんな家で俺を育てるのはとてもリスクが高いはずだ。同業者にバレてはいけないだろうし、俺をずっと監視下に置かなければならないだろう。なぜ一人暮らしを許してくれたのかわからないほどだ。
ずっと考えていたおかげで冷静に状況を見れていたのは良かったと思う。…羽出ちゃったけど。逃げてきちゃったけど。
…でも、向き合わなければならない。誰も追ってこないということは1人にさせてもらっているということだ。俺が、考えるときに1人になりたいタイプだということを2人共知っているから。
カァ、カァ、カァ
烏の声がする。
見上げた先にいたのは電線にとまっている一匹の烏。烏ってよく見るとでかいよな。
カァ、カァ、カァ
もう一匹飛んできた。そいつも電線にとまる。
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
あれ、めっちゃ飛んできてね?そして考えたくないけど電線にとまってるやつらめっちゃこっち見てね?
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
元々視力は悪い方ではないので、烏達がこっちを見ているのがよく分かる。近くの電線を覆い尽くさんばかりにとまっている烏達が、一羽たりともそっぽを向かず、俺の方をじぃっと見つめている。
ッスー……よし、帰ろう。っていうか無理!怖い!助けて!!
全力疾走で家に向かう。なんで俺は家からこんなに遠くに来ちゃってるの!?っていうかなんか前より足早くなってない?火事場の馬鹿力再び!?
カァ、カァ、バサッ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、バサバサッ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、バサバサバサッ、カァ、カァ
カァ、カァ、バサッ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
さっきのところから離れても、鳴き声と羽音がついてくる。
これはぁ…追われてない?一周回って冷静になってきたなぁー。まぁ、この前の
嘘です。超怖い。ホラー展開まじで無理!!
…っお守り!今日は持ってたはず!
確か、もらうときに、「ポケットとか、鞄に入れといてもいいけど、手首とかに着けると効力が上がるよ。但し、間違って洗濯はしちゃだめだよ」って言ってた!
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
カァ、カァ、カァ
ポケットから紅い組紐を出し、手首に巻く。
カァ、――
……鳴き声が止まった?
足を止め、後ろを振り返る。ここで真後ろに何か居たら確実に俺は気絶していた。そんな事は起きなかったけど。
後ろを見ると、烏達はいなくなっていた。だが、落ちている黒い羽が幻覚ではなかったと告げている。
…帰ろう。
家を出たときとは違う意味でぐったりとして、俺は家に帰った。
「おかえりぃー」
声を掛けてくれたのは紅輝さんだった。両親はまだ気まずそうだ。
でも決めたんだ。向き合うって。
決意を固めた俺を見てなにか察したのか、紅輝さんは
「じゃあ、私はお暇させていただきますね。積もる話もあるでしょうし。」
と言いながら席をたった。
帰りも一緒に帰るんじゃなかったのか、と動揺していると、
「ちょっと散歩してくるから、俺のことは気にせずにゆっくり話しな。あと、バイトのことも。終わったら出ておいで。」
と言って部屋から出て行った。
………この状況で3人は気まずい。しかもみんな無言である。
でも、
「…俺は、」
沈黙を破って喋りだす。
2人の目がこちらを向く。
「俺は2人に怒ってるわけじゃないよ。」
2人共虚を付かれたような顔になる。
「俺は、紅輝さんに自分が半妖だって、なんか知らないけど自分の力が封印されてるって言われて、びっくりしたし、2人は知ってるだろうみたいなことも言われて、なんで教えてくれなかったんだって思った。だって、ずっと騙されてたことになるから。」
「でも、何も知らずに半妖として生きるのは危険なことだとも知った。実際に
正直、誰の助けもない状況であいつみたいなのが来たら詰みだ。確実に食われて終わり。
「だから、俺の力を封印してくれた2人には感謝してるんだ。普通の家なら力があったところで制御できずに
守り人は人を
それでも俺は今、生きている。愛情を注いでもらった自覚もそれなりにある。
だから、
「俺を守ってくれて、ありがとう。」
俺が2人に伝えるべきは、怒りでも、恨みでもなく感謝のはずだ。
恥ずかしいからもう言わないけど。
「もういいの?」
家を出ると紅輝さんがいた。
「はい。色々とありがとうございました。あ、バイトの許可はちゃんともぎ取ってきましたよ!」
「おぉー!良かった。じゃあ、帰ろうか。」
2人で駅に向かって歩き出す。
「…そういえば、帰りのチケット代はあとでいいって言ってましたけど、何時のやつを取ったんですか?」
今回の帰省のチケットは、行き帰り両方紅輝さんが取ってくれた。紅輝さんがお客さんだから、2人分の費用は両親が出してくれたけど。紅輝さん曰く、一度やってみたかったらしい。
朝会ったときに渡そうとしたんだけど、帰りの分は後でいいよって言われたんだよな。
「取ってないよ?だっていらないでしょ?」
「…え?」
…家の近くまで乗れる電車あったっけ?距離が遠いから乗り換えなきゃいけないし…時刻表とルート検索しないと…最悪、徒歩…は無理だなタクシー使うか?でもなぁ…
「おーい。帰ってきて。いきなり真顔で考え始めないで。」
「だってこのままだと帰れないじゃないですか…」
「なんで?海里くんは
「一応?」
「じゃあ俺等の関係者でしょ?それだったら店の扉で帰れるよ?あれは関係者じゃないと使えないから。」
俺がジト目で紅輝さんを見てしまったのは許してもらえると思う、きっと。
「…行きも使っちゃだめだったんですか?」
「関係者以外があの扉を使って移動できないんだよね。そもそも、海里くんを家に送ったのだって、特例だよ?あのときは危なかったから。普通はみんな、元の場所に戻されるんだよね。」
なにそれ知らない。
困惑している俺をよそに、紅輝さんは近くの路地へ入っていく。
「まぁ、バイトになったから、もう関係ないんだけど。」
路地の突き当りの壁に手を当てると、見慣れた扉が出現した。
紅輝さんがドアノブに手をかけると、扉はゆっくりと開く。
「改めて、ようこそ、
「よろしくおねがいします!」
紅輝さんに続いて、俺は渡世堂に足を踏み入れた。
カァ、カァ、カァ
海里を追いかけた烏、その1羽が主のもとへ帰る。
バサリと音を立てて烏がとまったのは最愛の主の腕。
黒い瞳と髪を持つその男の背中には、黒い羽が生えていた。
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