第12話 我が家の秘密

 案内された居間には父さんがいて、両親と、俺と紅輝こうきさんが二人に向き合う形で座った。めちゃくちゃ気まずい。


 沈黙を破ったのは父さんだった。


「はじめまして、海里かいりの父の碓氷うすい名月なづきと申します。この度は息子を助けて頂き本当にありがとうございました。」


渡世堂わたらせどうの店主をしております、河守かわもり紅輝と申します。正式な依頼でしたから。お気になさらずに。」



 いつもの優しい雰囲気はどこへやら。今日の両親は重い空気を纏って真剣な面持ちだった。


 紅輝さんは笑顔で通常運転だけど。



「さて、手紙にも書かせてもらった通り、私の口からは貴方達のことはなにも伝えておりません。出来れば、貴方達から伝えたほうが良いかと思いまして。」


「ご配慮、感謝申し上げます。」



 そう言うと、父さんは俺の方へ向いて、



「碓氷の家系は代々守り人の家系なんだ。」



 そう切り出した。



 はるか昔。人とあやかしとが今より身近にいた時代。人々は妖を恐れた。その人知を超えた異能を。天候さえも手のひらの上であり、人々が到底及ばないその力を。


 ある時、一人の人間が生まれた。彼は人でありながら、異能を持っていた。


 彼の者は人々を妖から守るためその力を使った。これが守り人の始まりである。


 彼を皮切りに10人の異能を持つ子が生まれた。彼らもまた守り人となり、その血は今も受け継がれている。



「碓氷家は分家に当たるが、彼らの血を継いでいる。父さんもまた、守り人なんだよ。」


「…なんだよ、それ。」



 意味がわからない。ここ最近スケールがでかい話が多すぎる。正直、信じたくない。前の俺なら絶対信じなかった。


 でも、紅輝さんや猫にあって、妖に襲われて、この話は嘘ではないんだと分かる。



「そして、この話をするのならお前には言わなければならない事がある。」



 嫌な予感がした。この一週間、ずっと考えないようにしていたこと。その答えを、言われる予感がした。



「海里、お前は――私達の子供ではない。」



 自分の口からヒュッと音がした。眼の前が真っ白になるような、ふわふわするような感覚。



「正確には私達はお前の叔父と叔母にあたる。血は繋がっているが、本当の両親ではないんだ。」



 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。



「身勝手かもしれないが、お前には、できれば人間として生きてほしかった。幽世かくりよではなく現世うつしよで生きてゆかねばならないお前に、半妖として生きる道は険しい。だから――」



 バサッ――



 背中から黒い羽が現れる。父さんたちが目を見開いてそれを凝視する。


 あのときとは違うが煙のように輪郭がぼやける羽は、海里が半妖であることを示す何よりの証拠だった。


 なんで、なんでそんな顔をするんだよ。


 その表情を見た途端、それは煙のようにかき消えた。



「ちょっと外出てくる。」



 そう言って俺は家を飛び出した。









「…お守りは持たせてありますから、一人にさせてあげましょう。大丈夫、あれがある限り敵意を持った妖に襲われることはほぼ無いです。」



 海里を追いかけようとした父親を止めたのは紅輝だった。



「申し訳ない。そこまでしていただくなんて。」


「さっきも言いましたが、お気になさらずに。」



 再び訪れた沈黙。それを破ったのは、やはり名月だった。



「…店主様。私達のことをどこまでご存知ですか。」


「…貴方達の仕事のことですか?それとも、碓氷家のこと?はたまた、海里くん個人のこととか。」


「全てにおいてです。」


「そうですね…では、一つだけ。少し感覚に頼った情報にはなりますが。」



 紅輝は人差し指を立ててにっこり笑った。



「貴方が今対処しているやつは、貴方一人では力不足です。…そうですねぇ、一級があともう一人はほしいかと。貴方一人でもやれるとは思いますが、相打ちを覚悟したほうがいい。死にたくないのならやめたほうがいいですよ。」



 たしかに、今追っている妖は強敵だ。今日から追加で人を派遣するようにお願いしたのもまた事実。しかし何故、そんな事がわかるのだろうか。身体に付いていた痕跡は消したはずだ。


 仕事柄、妖と交戦すると痕跡が付いてしまう。一般人ではほぼ付かないそれが付いていれば、自らが守り人であると示しているようなもの。痕跡を消すことは自衛であり、妖を追う際に守り人だと気づかれにくくもなる。



「あぁ、消し方は完璧ですよ。あくまで勘なので。」



 …やはり目の前にいるのは化け物か。



「一級の者を呼んでもらうよう連絡させていただきます。本当にありがとうございます。」


「いえいえ。あなたは海里くんの父親ですからね、少しサービスしただけですよ。こちらもどこまで探れるかとか知られたら困りますからね。これくらいで勘弁してください。我々は中立的な立場ではありますが、どちらかというと妖寄りなのでね。」



 そう言って薄く笑うこの男は、やはり噂道理の者なのだろう。


 幽世と現世を結ぶ門の番人と謳われる河守の名を継ぐ彼らは、人間の脅威になり得るだろうか。


 それとも、人と妖との橋渡しとして長年の戦いを終わらせる動因になるのだろうか。


 碓氷家現当主として、海里の父親として、見極めなければならない。


 名月は眼の前の男を見据えながらそう決意した。

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