第11話 現実逃避は程々に

 数学の問題集の最終問題に丸をつける。これで夏休みの宿題は全部終わった。


 話は変わるが、俺は夏休みの宿題早めに終わらせる派である。そのほうが最後に楽ができるし、罪悪感もない。


 どうせ休み明けにはテストがあるから、どっちみち最後に勉強しなきゃならないなら、宿題は早めに取りかかったほうがいいのだ。


 中学校の時にはるにこれを言ったら、



「正論は聞きたくない!」



 と言われた。



 ……現実逃避はこれくらいにして。


 紅輝こうきさんがうちに来たのが今週の月曜日、今日は土曜日だ。


 そう、今日は両親と会う日である――


 いや、正直、正直ね?色々なことをして考えないようにしていたわけですよ。ゲームとか、宿題とか。そしたら当日になっちゃったよどうしよう!!


 唯一良かったと思えるのは考えたくなさすぎて宿題が早く終わったことくらい。


 現実逃避は程々に、が今回の教訓となった。


 一応紅輝さんに連絡して、一緒に来てもらうようにはした。どうなるかわかんないし。というか母親に、ぜひ連れてきてと電話で言われた。


 あー…。帰ったら実家で飼ってる猫に会える。そう思おう。気分が楽になる。


 ともかく、そろそろ家を出ないと紅輝さんとの待ち合わせに間に合わない。



「…行くか。」



 重い足を引きずって、ドアを開けた。









「あっ海里かいりくん!こっちこっち。」



 待ち合わせの駅の前で手を振る紅輝さん。


 そこまではいい。いつもどうりだ。…だがしかし。


 …いや、なんで着物?今までずっと洋服だったよね?


 今日の紅輝さんは着物姿だった。紺色の着物と羽織を着ている。この前の紅い羽織は羽織っていないし、色味も暗めだけど、目立っている。みんなが「あのイケメン誰だ」状態である。


 いや、部外者だったら俺も見るかもだけど。…あの場所に行きたくない。誰か助けて。


 行きたくないと行かなければという気持ちが葛藤していると、紅輝さんはこっちにやってきた。大勢の目線を引き連れて。


 いや、周りの「お前誰だよ」って目が怖い。特に女子の目が怖い。



「早くいかないと乗り遅れちゃうよ?いいの?」


「!それは良くないですね…行きましょうか。」



 約束の時間を考えるとここで乗り遅れるのはまずい。うちの親はいつも優しいのに、時間はきっちり守るタイプだから、俺のせいで遅刻したら怒られる。今日は紅輝さんもいるし。



「俺、新幹線乗るの初めてかも。」


「そうなんですか?」


「うん。うちは扱ってる案件が特殊だからね。幽世かくりよならよく行くけど、現世うつしよをあんまり移動することないし、あっても扉を開ければ一瞬で着くからね。」


「それってお店から行けば一瞬で実家に着いたってことになりません?」


「いやぁ、何事も楽しむのが大事だよ。あれにも限界はあるし。」



 駅に入った俺達は、駅弁を買って新幹線の中で早めの昼ご飯を食べた。


 紅輝さんは初めての駅弁に目を輝かせていた。まぁ、付き合ってもらってるんだから楽しいと思ってもらえるのなら良かった。


 …店から行けば確実に移動費が浮いたなんて考えちゃだめだ。うん。









 新幹線に乗り、タクシーを使って、実家に帰ってきた。


 紅輝さんがいるからタクシーで帰ってこいって言われたのだ。前に帰ったときは父さんが迎えに来てくれたのに。


 ちなみに、俺の実家は中心地から少し離れたところにある一軒家である。



「おぉー。これが海里くんの実家か。外見は意外と普通だね。」


「普通の家ですからこんなもんですよ。どんなの想像してたんですか。」


「豪邸。」



 そんな間髪言わずに言われてもな。



「とりあえず入りましょうか。」



 鍵を開けて中に入る。



「ただいまぁー」


「…ちょっと待っててー」



 母さんの声がした。あと、バタバタと足音がする。



「おかえり、海里。渡世堂わたらせどうの店主さん、遠いところ来て頂いてすみません。海里の母の碓氷うすい綾音あやねと申します。」


「いえいえ、こちらこそ。押しかけるような形になってしまい申し訳ありません。店主の河守かわもり紅輝です。以後、お見知りおきを。」



 この一週間の俺の現実逃避など知らぬと言うように、両親との話し合いは始まった。



 …家に帰りたい!ここ実家だけど!

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