第8話 勧誘

「まだ振り返っちゃだめだよ、いいね?」



 そう言ったその人の顔は、今まで見てきたどの大人よりもかっこよかった。


 その人――もとい河守かわもりさんは、僕の背後に向かっていった。



「ねぇ、君。その子、俺等のお客なんだよねぇ。だから、死なれちゃ困るわけ。分かる?」


「ナン…デ?ソレ…オイシ、ソウ」



 こいつ喋るのかよ。初耳なんだけど。いや、喋リながら追いかけられてもやだな。



「んーとね、彼は俺等の庇護下にあるの。だから、食べちゃだめ。もし君が彼を食べるなら、俺は君を斬らなくちゃいけない。仕事だから。」


「ナ、ナ、ナン…デェ?ソレ…オォ、イシソ、ウ」


「…君、彼を譲る気無いでしょ。」


「アハ、アハハハハハハ、タベテ、イイ?イイ?」


「だめだってば。もーしょうがないなぁ…」


「斬るよ?」



 そう呟いた声は冷たくて。背後にいるやつの気配を感じたときよりもゾワゾワッと背筋が凍った。


 俺、絶対にこの人を敵に回さない――


 そう思った瞬間であった。



「最終勧告だ。我らのことは知っているな?知っていてなお歯向かうか。」


「アハ、ハハ、シッテル。カワモ、リ、ノコ。デモ、タベ、タイ。タベタ、イ。タベタァァァイイ」


「…そうか。残念だ。」


「アハハハ、ハハハ――」



 ザシュッ――



「河守の名を敵に回したこと、ゆめゆめ後悔するがいい。貴様は二度と現世うつしよには来られんぞ。」



 好奇心でチラッと見てしまった背後には、真紅の羽織を羽織った見覚えのない白髪の人が立っていた。左耳に蒼と紫で編まれた耳飾りをつけている。その足元では、黒いなにかがボロボロと崩れていた。


 ふぅ、と息をつき振り返ったその人と、ばっちり目があった。


 一つに纏められた長い白髪は毛先にいくにつれ紅いグラデーションを描いている。何より、額からは紅い角が一本生えていた。


 黄金色の目には全くもって見覚えはなかったけど、なんとなく知っている人な気がした。


 まぁ、この状況であの人以外の人だったらそれはそれで驚きなんだけど。



「もう大丈夫だよ。ごめんね、遅くなって。」



 その声を聞いて、安心したのか俺の意識は暗転した。









「……ん?」



 知らない天井だ。白くないから病院ではないらしい。



「にゃーん」


「あ、起きた?」



 そう言って視界に入ってきたのは河守さん。あれ、髪が黒に戻ってる。


 水の入ったコップを手渡された。



「ごめんね、俺がお守り返しそびれたせいでこんな事になっちゃって。運ぶとこなくて、とりあえずお店に戻ってきたんだけど。」


「…いや、助けてもらえたんでもういいです。」


 ずっと走っていたせいかいつもより水が美味しい。



「そう?意外と懐が広いねぇ君。」


「食べられてたら恨んでましたよ。」


「…返す言葉もございません。」



 流石に申し訳無さそうに謝ってきた。まぁ、かっこいいものが見れたから良しとするか。あんなのはゲームでしか見たこと無いし。



「…俺を襲って来たやつ、あれがあやかしですか?」


「んー、あれもギリギリ妖には入るねぇ。あんまり意思疎通がはっきりできなかったから、多分生まれて間もないんだろうし。他のやつはもっと理性的だよ?人みたいに。」


「…そうなんですか…」


「まぁ、斬っといたからもう現世には来れないよ。河守の名は伊達じゃないからね。我らに現世で斬られたものは死ぬことはないけれど、その代わりもう現世には渡れないから。そういう仕組みになってんの。」



 この人、もしかしてなかなかにすごい人なのでは。



「でさ、君が寝てる間に考えたんだけど、」


「はい。」


「君、ここで働かない?」


「……えっ」


「対価はそうだなー…力の使い方を教えるよ。あと給料も出す。」



 なにその好待遇。めっちゃ悩む。



「この誘いをすぐに断らない時点である程度肝は座ってるだろうし、まぁなんとかなるでしょ。ね、はく?」


「にゃ」


「えぇーいい案じゃない?だめかなぁ。」


「にゃーん」



 なんか猫と会話が成立してるんですけど。う、羨ましい!



「ほら、珀と喋ってるとこ見ても驚かないよ?この子。」


「にゃーん」


「ほんと!?」


「にゃーん」


「じゃあ尚更じゃない?」


「にゃ…」



 あ、猫が渋々って感じの表情した。



「よっしゃ!あ、海里くん。おまたせしました。珀に許可取れたからあとは君次第だよ。もちろん、断ってもいい。どうする?」


「俺は…」



 さてどうする?このままあんなのに追われ続ける日々を送るのか。それとも――



「俺、ここで働きたいです。」



 俺は、あんなふうに人を助けられるかっこいい大人になりたい。

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