第7話 月明かりの下で

 渡世堂わたらせどうを出た海里は、暗くなった空とそれを照らす満月を見ながら、家までの道のりを歩いていた。


 俺は、どうやら人ではないらしい。



「って、いきなり言われてもなぁ…」



 河守かわもりさんを疑ったほうがいい気がするが、なんとなく嘘はついていない気がしたのだ。本当に勘だけど。こういうときの勘はよく当たる。経験的に。



「でもなぁ…」



 突然そんなことを言われても簡単には納得できないものなのだ。だって、あやかしのことなんてなんにも知らないのだ。唐突にいざなわれた知らない世界。しかも、俺はそこの住人であるらしい。自覚ゼロだけど。



「とりあえず父さんと母さんに確認取って…来週会うからその時聞くか。えーっと…あとは…あ、河守さん来るなら部屋の掃除しなきゃなぁ。」



 夏休みに入ったら遊ぶ。学生は多分そんなもんだ。少なくとも俺は、学校が終わった日はゲームで徹夜した。次の日が約束の日だったので、二徹はしなかったけど。その影響か、部屋はいつもより散らかっている。


 あ、友達と遊ぶ予定もちゃんとあるからな。俺のことぼっちって言うなよ。


 そんな事を考えながら歩いていたときだった。


 ゾクッ…


 なんだか寒気がした。これはあれだ。渡世堂に行くときに感じたヤバい奴の気配に似てる。あのときとは違い、今はあの猫がいない。


 いや、河守さんに貰ったお守りが…!


 ショルダーバッグを探っても出てこない。そういえば返してもらいそこねた。ヤバいのでは。もしかして。



「…逃げるかっ」



 考えがまとまった瞬間、俺は走り出した。後ろは絶対に振り返らずに、道を右へ、左へ。


 月明かりのおかげか、思ったよりも視界は明るい。


 後ろの気配が段々と大きくなっていく気がする。あとなんかズルズルいってる!ホラー苦手なんだけど俺!?


 近づかれているのは、相手が早いのか、俺が遅いのか。いや、俺にしては最速で走ってるんだけどな!火事場の馬鹿力ってやつ!?


 ガッ


「やばっ」



 変なことを考えていたからか、石につまずいてこけた。なんでこんなとこに石あるの!?石に殺意湧きそう…


 ズルッ…


 ズルズルいっていた音が止まった。つまりは、追いかけてきていたやつの気配がすぐ後ろに来ていた。


 あっ終わったわ、これ。一周回って冷静になってきた。こういうときは走馬灯は見ないのか?一回ぐらい見てみたかったんだけどな。いや、死にたくはないけどね。


 っていうか全力で走ったせいで立てない!体力なさすぎ俺!


 明るかったはずの視界がフッと影をさす。いや、ホラーすぎるってぇ!後ろから覗き込んでるってことでしょ!?絶対に後ろは見ない!というか誰か助けて!



「みーつけた。」



 知っている声がした。


 目の前にスニーカーが見える。後ろの気配が揺れた気がした。



「まだ振り返っちゃだめだよ、いいね。」



 見上げた先にいた顔は、さっきまで見ていた大人の顔で。


 今最も来てほしかった人だった。


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