第5話 前置きとお守りの役目

 約束の3日後。学校は夏休みに入っていた。俺はまた渡世堂わたらせどうにやって来ていた。



「いらっしゃい!よく来たねー」



 初めて会ったときはカウンターで眠っていた河守かわもりさんは、約束していたからか今日は出迎えてくれた。



「お、お邪魔します。」


「はーい。じゃあそこの椅子に座ってね。」



 彼がいるカウンターの反対側には椅子が置いてあった。俺用らしい。


 お礼を言って座る。座面のクッションがふかふかして座りやすい。



「よし、じゃあ本題に入ろうか。それとも、別の話から始めたほうがいい?心の準備いる?」


「そんなに深刻な話なんですか…?」



 事態の深刻さを感じ、ちょっと気分が重くなる。



「いやー、そこまでではないよ。海里かいりくんの人生が今より少し変わるくらい。…深刻な話に当たる?これ。…当たるかもなぁ…」


「えぇ…」


「あ、じゃあ別の話題…と言っても近しい話題だけど。この前渡したお守り持ってる?赤い組紐のやつ。」


「はい。持ってます。」



 見せてというので掛けていたショルダーバッグから取り出すと、端っこが少し焦げていた。焦がした記憶はないのに。


 驚いていると、焦げをさも当然のように見ながら、河守さんは組紐を俺の手から取っていった。しかもなんかボソボソ言ってるし。さっぱり聞こえない。



「ふーん…思ったより焦げてないねぇ。やっぱりあそこは過保護なのか、いや、碓氷うすいが守ってるのか…両方かな。」


「……あの、それってなんで焦げてるんですか。」


「これはね、持ち主をあやかしから守る事ができるお守り。具体的に言えば、相手から危害を加えられても弾くようにできるやつ。俺が作ったやつだから、効果は保証するよ!」


「えっ」


「消耗品だから、効果は永続的なものではないけどね。焦げてるってことは、少なからず役目を果たしたってこと。」



 血の気が引いていく気がした。役目を果たしたっていうことはつまり。



「…なかったら襲われてたってことですか?」


「察しが良いねぇ。まぁそういうことかな。」



 河守さんは前と同じ薄氷のように底冷えするような笑みを浮かべた。



「この前来たとき、後ろになんかいたんでしょ?はくが、…海里くんが会った黒猫でわかるかな?あいつが追い払ったやつみたいなの。」


「あんな感じのやつは今まで見たことある?」


「いえ、あれが初めてです…」


「ここは君たちがいる世界と妖たちの世界、現世うつしよ幽世かくりよの境界線みたいなものだから、普段よりも色んなのが寄ってきちゃったんだろうね。多分、君の気配が美味し…気になったんでしょ。今までなんで襲われなかったのかが不思議なくらいだし。」



 美味しそうって言いかけたな、この人。目がめっちゃ泳いでる。



「そんなにヤバい感じなんですか。俺。」


「うん。だって海里くんは――」



 人間じゃないもの。

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