第4話 万屋の店主は語る
「ようこそ、ここは
紅い目をしたその人はにっこり笑ってそう言った。
「…えーっと…
そう言うとその人、もとい河守さんはへにょっと笑った。
「やっぱりあの状況で誤魔化すのは無理だよなぁ。助かるわ。さっきは寝起きだったから、いつもより口悪かったんだよなぁ。かいりくんね。名字?名前?漢字は?」
「名前ですね。海に里で海里です。名字は
「えーっと、碓氷海里くん。おっけー、覚えた。」
こめかみをトントンと叩いて彼はそう言った。
「さて、ここに海里くんが来たってことは悩みがあるんだよね?」
「ここに来る人ってみんな悩みがあるんですか?」
「んー…詳しいことは企業秘密だけど、特定の悩みがある人にはここが見えて、それ以外の人には入口、というか鳥居すら見えない。そういう仕組みになってんの。ここは。俺の弟がこの仕組み作ったんだよね。すごいでしょ。」
自慢気に笑う河守さん。普通にすごいけど、それは今の技術でできるものなのだろうか。
「特定の悩みってなんですか?」
「あ、やっぱり気になる?それはねぇ――」
そう言って彼は先程までとは全然違う薄氷のような笑みを浮かべた。
あ、妖?そんなもの――
「実在するよ。」
俺の心を見透かしたように彼はそう言う。
「今より昔、ずーっと昔。人々が自然に畏怖を覚え、それを人ならざるものとして捉えようと言語化したところから妖達は存在する。我らは元を辿っていけば人の言葉から生まれてるからね。だから、生み出したのはある意味人なんだけど。」
「ちょ、ちょっと待って。話のスケールがでかい。なんにも入ってこない。」
「あー…えっとね、要するに海里くんの悩みには妖が関係している。それはいいね?そういう悩みは普通のとこじゃどうにもならない。で、俺等が昔、色々あってそういう妖絡みの案件専門の相談所的なのを作ろうと思ったんだけど、それがここ。おっけー?」
「さっきそんなこと言ってなかったですよね?」
「だって話す前に止められたし。導入だったんだよあれは。まぁ、普段はあんなとこから説明しないんだけど。たまにはいいかなって!」
「えぇー…」
全く悪びれた様子もなく彼は笑う。
「――それに、君は多分知っとかなきゃいけないことだろうし。」
小さくつぶやかれたその声は、海里に届くことはなかった。
「?なんか言いました?」
「いや、なんでもないよー。」
「…で、俺の悩みを解決するにはどうしたらいいんですか?」
「とりあえずどんなものか教えてほしいかな。悩みの選別はできても、内容まではわからないから。」
俺は、最近起きていることについて説明した。と言っても、まとめると「猫に嫌われている。」という1文になるのだが。
「なるほど…突然嫌われるようになったのか。いつからか覚えてる?日付じゃなくて、例えば誕生日とかのイベント事があったらついでに教えて。」
「えーっと…確か誕生日の翌日からですね。」
「高校1年って言ってたよね?っていうことは今16歳?」
「はい。」
「誕生日当日は猫に会った?」
「その日は雨で、いつも寄ってきてくれた子達は野良なので会えなかったですね…」
ちょっとがっかりした記憶がある。間違いはないはずだ。
その後も彼はいくつかの質問を投げてきた。
「ふーん…大体わかったから今日はもう帰ってもいいよ。もう遅いから。」
云いながら指した指の先では、時計が7時を告げていた。
「ここは入口が見える時間が少し遅いからね。どうしても帰る時間が遅くなるんだよねぇ。だから、早く帰ったほうがいい。それに君、未成年だし。」
「別に俺一人暮らしなので、親に怒られないしまだ大丈夫ですよ。」
「夜は危険なんだよー?いいから帰りな。送ってくよ。」
「そこまでしてもらわなくても…」
「いや、出口を家の近くに繋げれるから。住所教えて。あ、大体この辺って感じでいいよ?詳細教えるの嫌だったら。まぁ、お客の個人情報はちゃんと守るよ、俺。」
何でもありだな、ここ…
諦めて大体の住所を教える。「隣町かー、意外と遠くない?ここ来るの時間かかりそー。」と言いながら彼は店の扉に手を掛けた。
ガチャ。キィィ…
来たときと同じ音を立てて扉は開く。
違うのは、店の先の景色だけ。
「すご…」
外に広がるのは家の近くの道だった。どうやら路地に立つ家の壁に扉がくっついているらしい。
「…えーっと…そうだな、3日後以降にもう一回来てほしいんだけど、いつなら暇?」
「3日後以降はちょうど夏休みに入るのでいつでもいいですよ。」
「そう?じゃあ3日後にまたおいで。多分早いほうがいいだろうから。あ、あとこれ。」
渡されたのは紅い組紐だった。よく見たら最初に見た猫の首輪と雰囲気が似ている。
「なんかあったら困るからね。お守り。それじゃあね。」
そう言ってニコっと笑って手をひらひらと降る河守さん。
「あっ、はい。それじゃあまた。あと、黒猫にありがとうって言っといてほしいです。」
組紐を見てあの猫を思い出したのだ。助けてもらったぽいし、お礼を言いそこねてしまった。
そう言うと、河守さんは一瞬目を見開いた。すぐに戻ったけど。
彼に見送られながら俺は帰路についた。
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