第16話 あなたとの約束だから

Guten Tag Lycoris こんにちわ地獄花さん Wie geht es dir?お元気ですか?


 それから数日後のとある夜。

ルキーナは屋敷から離れた、古びた公衆電話ボックスにいた。

そして、受話器越しに小声で流暢なレヴァン語で話し始める。


Sprechen アルキュミア語|Sie auf alchymia!Bist du verrueckt!《で話せ!馬鹿!》』


 受話器先の男性である地獄花は少し荒っぽい言い方だ。

別になんとも思ってない。いつもの事だしむしろそれ以外の口調だと落ち着かない。


はい!分かりましたYes, I see..


では任務結果を報告させていただきます!A result of the mission will be report!


 ルキーナは続けて喋り続ける。

電話先からは慌ただしい生活音と子供の喋り声のようなものが聞こえる。


「8月20日に『』の計画に関与したアルキュミア軍参謀、カシミール・モーガン=ペトログラード氏がマギ王国に亡命するそうです」


「現在ペトログラード氏は新たなる作戦を考えているみたいです」


「もし、情報が本当ならば……」


私達は早急に彼を殺さなければいけません!We have to kill him immediately!


『……そうか……シロツメクサ!その……『新たな作戦』というのをもう少し探れないか?』


 地獄花が静かな声で言う。

本来の彼の声だ。低くもなく、高くもなく厳しそうで、でも優しさが少し含んでいるような……そんな声。


「はい!それと……同じく作戦に参加していた中佐である、アル=ハッサバードの暗殺snowdropの日程が決まりました……」


「1ヶ月後の46に開催される誕生日パーティでや《殺》ります」


 地獄花はしばらく黙ったあと、一言眠たそうな声で『私は残念だが不在だなあ……よい報告を待ってる』と呟いた。



 実は、ルキーナ・トレイボルブランコ=ヴィーゲンリートはレヴァン側のスパイだ。



コードネームは『シロツメクサ』

一部からは「道化の花」と呼ばれている。銃器の扱いと情報収集力に長けてるスパイだ。





 季節は春に近づいていく。


街の高級住宅地の付近にそびえ立っているこの国の英雄ハーイ=ジョージの鼻についていた氷柱は溶けて、下に水溜まりが出来ている。


子供たちはそれを見て「ヘーイ鼻水小僧〜!」と叫んでいるのを、買い物帰りのルキーナは微笑ましそうに見つめていた。


「何ボヤボヤしてるの?ルキーナ」


 後ろからポンと軽く肩を叩かれる。

振り向くと、ショートカットでウェーブがかかったオレンジ色の髪に、サビアブルーの瞳、頭には黒のリボンをつけた女性がいた。


「ガブリエラさん!」


近所に住んでいる姉のような親しい存在の人だ。


顔が広く、現在の職を紹介してくれたのもガブリエラだった。


「ごきげんようMissルキーナ」


 高級蜂蜜のように甘く蕩けそう声。

ブランドバッグの中にはアルキュミアの五つ星ホテル『hureiyaフレイヤ』の制服が入っている。


「うわー!今から出勤ですか?」


「いや、違うわ。今から帰るのよ。大変愉快で元気がいいお客様クレーマーがいらっしゃたからその対応をしていたら遅くなっちゃった……休日出勤よ……」


 大変だな……という目線を送ると、ガブリエラは「案外そうでも無いわ」といい笑った。


「あ、そうだわ!せっかくだから今からお茶しない?」


 ガブリエラはいつも通っているカフェを親指で指さした。


「ああ、すみません……今買い物帰りなので……あ、今日って何日でしたっけ……最近日数数えるのが億劫で……」


 ルキーナ足で地面に胎内にいる赤子のようなマークを描きながら言った。


「6日よ!4月6日!近所のスーパーのたまご特売の日!安いは正義!」


「ありがとうございます……なら8時頃なら空いています。……というか、たまご特売とかどうでもいいんですけど……」


「あら、大切なことよ?たまごがあればなんでも出来る。プリンにオムレツ……スクランブルエッグ!これさえあれば毎日過ごせるわよ」


「じゃあ、8時頃にいつもの場所集合ね!楽しみだわ〜!」


 ガブリエラは上品さを残しつつ嬉しそうにクスクスと微笑んだ。


「席はステンドグラスがある西側に座りたいですね……おすすめの赤ワインでじっくり煮込んだ林檎のコンポートも注文したいな……」


「いいね!それなら裏ドアの近くがおすすめだよ!私は蕩ける赤ワインの蜂蜜牛タン煮込みを食べようかしら……」


「あ、そういえばも私の友人も誘っていいですか?」


「ああ、あの子ね!いいわよ!面白いし……」


 それからお互いに顔を合わせて「楽しみですね〜!」といい笑った。



 ガブリエラ=アヴェもレヴァンのスパイだ。


コードネームは『欝金香うこんこう


 カフェの会話は先日地獄花に報告した暗殺の最終確認だ。


ルキーナは、パーティが行われているハッサバード邸に偽造した参加券で入る。


それからガブリエラは得意のハニートラップ蜂蜜掌握術赤ワインでベットに連れ込み、何もかも無防備になった瞬間に、ヴィーゲンリートが現れ射殺林檎する。


それから、協力関係エージェントであるアマデウスの少女であるエマが記憶改ざんの魔法かけて何事も無かったようにするというのが一連の流れだ。





 6日の夜。窓から月光がさしている。


ルキーナは、いつものメイド服から白いワンピースドレスへと着替える。

今日でここでの仕事は終わる為、部屋は備え付けのベッドと鏡以外何も無い。


お気に入りのシロツメクサと、リボンがついた花かんむりを被った時だった。部屋ドアをノックされた。


「ルキーナさん!お手紙が……」


 同僚のメイドが白い封筒を渡す。

ルキーナは、あれ?こんな時に手紙をくれる人っていたっけ?と思いながら、裏を見ると差出人には母の名前が書かれていた。


 メイドが居なくなった後に、懐からジッポを取り出し、炙るとanonymous無名という文字が浮かび上がった。


心当たりと言えば1つ。


自分の上司の苗字だ。滅多に名乗らない為先程まで忘れていたが。


「……こっちに手紙寄越さないでって言ったのに……その前に速達って……」


 ルキーナはペーパーナイフで封を切ると、少し汚れた紙にたった一言『西部戦線異状アリ』とだけ書かれていた。紙のふちは少し赤く染まっている。


たったそれだけで、何があったのか分かってしまった。


全身の血の気が引いてくのが分かる。


 最悪だ。なぜ今届く?安否は?すぐ戻りたくなるじゃない……


 ルキーナは一瞬、このまま任務を放り出そうと考えたが、それを邪魔するようにしばらく前にある人と交わした会話を思い出した。



「……もし、君の任務中に僕に何かあったとしても、任務はきちんと遂行させてね」


「君は……君なら絶対任務を放り出すでしょ?それだけはダメだよ?仕事なんだから……何事も無かったようにきちんと遂行させるんだ」


「うわ、……どうして分かったの?」


「……君ならそうすると思ったから。だからそうしないように釘を刺しておく……約束だよ?」





 さっきから噛んでいる唇から血の味が少しする。


決意は決まった。この決断に後悔はない。


ルキーナは黒い革手袋をはめ、愛用銃を持つと「これでいいんだ」と呟いた。


お互いに約束した。きっとあの人ならあの約束を破らない。


私だけが約束を破るわけにはいかない。


 ルキーナは約束を守るため、宝石をひっくりかえしたような星空の下で、いつもの場所へ行くために金色の髪を揺らしながらかけて行った。



 教会の噴水の前で、エマとガブリエラとルキーナそれぞれ合流すると、任務場所へ向かう。


しばらく歩くと大きな家の前に辿り着いた。


それぞれ顔を見合わせて頷くと、まずヴィーゲンリートが門を開き、ある言葉を口にした。


Die andere 雲のSeite der Wolke 向こうはist immer der いつもblaue Himmel.青空


 その瞬間、ルキーナの目が黄金色に変わった。


「きちんと視てよねその!」


 屋敷の中の大広間では、働き蟻のように使用人が忙しく動いており、参加者は優雅にパーティを楽しんでいる。




 元の目の色に戻ったルキーナは、にっこりと笑うと、パーティの参加券を取り出し、二手に別れて屋敷の中へ入っていった。



中に入ると、想像以上に人が居たせいなのか、エマは少し驚いたような表情で「うわぁ……人混み凄いー」と小さな声で呟いた。



「……エマ……しばらくゆっくりしようか?」


「そうだねーわたし、ベリーケーキ食べようかなー!」


「ベリーケーキ美味しいよね……」


 2人はベリーケーキを頬張りながら、脱走経路を目視で確認していた。


まず西側の寝室付近にあるステンドグラスの下に小さな穴がある。


その奥に取っ手があるので、それを掴むと裏の道が見えてくる。

そこから外へ繋がっているのでそこから脱出する計画だ。

 

「やあ、僕の誕生日パーティに来てくれてありがとう」


 目の前に近づいてきた優男。

標的であるアル=ハッサーバードだ。

性格はヘラヘラしていて女好きで単純。

しかし、計算高くずる賢い。


ついでに、ハッサーバードはイケメンで優しそうな見た目とは裏腹に、赤ちゃんプレイが好きらしく、ガブリエラの情報によると、先日も愛人を呼んで行為をやっていたらしい。





「ハッサーバード様。お初にお目にかかります。ハーディニア家のルキーナ・トレンボルブランコ=ヴィーゲンリートと申します

ハッサーバード様……先日のノルマンディ島のご活躍新聞で拝見させて頂きました!とても素晴らしく……本当に尊敬します!」


ルキーナは美しいカーテシーをしながらそう言う。


「はは〜嬉しいな!ありがと〜!」


ハッサーバードは偽物の笑顔で笑う。

どうやらあまりルキーナには興味を持たなかったようだ。


「あ、そこの三つ編み君なんて名前?その瑠璃色々の瞳が凄く綺麗だね。どう?俺と一緒にお茶しない?」


 ハッサーバードはエマを指さす。

どうやらエマの方に興味を持ったみたいだ。ルキーナの目から見ればエマは青緑髪で赤い目だ。


 エマは他人の記憶や認知を改ざん、削除する魔法を持っている。


おそらく、それを利用してエマ・トレイシー=ハミルトンはアマデウス人ではなく、アルキュミア人だという認知を、ここにいるほぼ全員にさせたのだろう。


 理由は、アルキュミアでもアマデウス人は差別的な扱いを受けているせいで、任務が円滑に行えないからだろう。


「エマ・トレイシー=ハミルトンです!よろしくお願いします!」


 エマはにっこりと笑う。ルキーナにとってはアマデウス人の笑顔に、目の前の男にとってはアルキュミア人の笑顔に見えるのだろう。


能力とは違い、他人に干渉できる魔法とは改めて凄いものだと思いながらルキーナは目を細めた。


 窓の外を見ると霧がかかっていた。

これから上手く成功するといいんだけれども……と、思いながらルキーナは静かに2人の様子を見つめていた。

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傷ついて四つ葉のクローバーになる(分話) 八月朔 凛 @sakarasaku

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