第11話 宿命からは逃れられない

カタコンベ地下墓地を出ると、日は真南の方を向いていた。どこかで焼きたのパンとバターが溶けたような、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。それも相まってお腹が減ってきた。

 最近はリゾットやパン粥くらいなら食べれるくらいに回復してきた。ヴァルトからは早すぎると驚かれた。どうやら異常に直りが早いらしい。

 

「お腹すいてない?もし良かったらお昼にしない?」

 

 ミカエラは少し考えてから、持っていたスケッチブックに『それより先に教会に行きたい』と、書いた紙を見せた。

 「分かった……でも、やっぱりお腹がすいたからテイクアウトでなにか買わせて……そうじゃないと、私うさぎみたいに自分のケツ穴から出たやつ食べる気がするよ」

 

 『分かったけど例えが汚いし、うさぎが食糞する理由は飢えてるからじゃない』

 

 カタコンベのすぐ近くのパン屋に寄り、店から出てきた瞬間ソフィーは、買ったパンを口いっぱいに詰め込んだ。おかげで頬袋に餌を詰め込みすぎたハムスターみたいな見た目になってる。

 

 『先に食べてね。食べながら歩くの行儀悪いから』


 数分後、食べ終わったらしく、ソフィーと共に街の中央にある大聖堂に向かう。

 

 白亜の城のような大聖堂の内部は、外見より広く感じる。正面真ん中には、六大弟子のステンドグラスと、ダッチボブで、極東にある島国、神国の民族衣装であるキモノに似たような服を着た少女の象がある。

 彼女は、国民の約九割が信仰してる、コラン教の開祖であり、聖女コランと呼ばれている。

 聖女コランは神託を聞くことができ、それを真理に則って解釈して、民衆に分かりやすく伝えたという。

 祭壇の前にやってくると、ミカエラは目を瞑り静かに手を合わせる。そして、無事に戦場から帰ってこれたことに対しての感謝と、戦死した両軍の鎮魂を祈った。

 

「ミカエラ、戦場から帰ってくる度に教会に行ってるよね」

 

 チラッと薄目で横を見ると、ソフィーはそう言いながら、目を開いて手を合わせてる。

 

 『大切なことだからね』

 

 礼拝が終わった頃、少し人が多くなってきた。そういえば今日は守護神の縁日でそれ由来の法要があったな……と、思いながらミカエラは再び祭壇を見る。本来ならば、参加したかったが、この身なりで、しかも体力もまだ無いので、次回にすることにして帰ろうとすると、入口で占星術をしてる男性に声をかけられた。


「やあやあ、そこの二人組さん。今日はミワヨ様の縁日だから、占いが特別に百リラ一リラ=一円だ!」

 

「え!五十%以上|割引じゃん!本当にその値段でいいの?」

 

 ソフィーは、嬉しそうに前のめりになりながらそう言った。


星は私達を見守りDie Sterne wachen über uns, 私達の運命を刻みleiten und lenken unser 導くものSchicksal

この文言が聖書の一番最初のページに書かれていることことから分かるように、星という存在はそれほど重要視されてる。

 聖書には、経典を裏打ちした方法によって出された星は、その人の運命を映し出すと書かれており、多くの国民はこれを神からより人生を楽しく過ごす為のお告げだと信じている。

 

「生年月日をお願いします」

 

「私が1867年6月1日。彼が1868年3月25日生まれです」

 

 ソフィーが代わりにそう言うと、男性はそれを紙に書き、経典を捲る。

 

「えっとお嬢さんは……太陽は落ち、月は欠けて、風が吹けば暗雲が覆い包む……」

「お嬢さんの人生波乱だね。まあ、余計なことしなければ、少しは良くなると思うよ。あと、表現力や演技力の星があるから、ピアニストか女優になるといいよ」

「神の力で人生とかやり直し出来ませんか?」

 ソフィーは手を見つめながらそう言うと、占い師は「出来ないねぇ」と、のんびりとした口調で言った。

 

「で、そこのお坊ちゃんはねぇ……」

 占い師がそう言ったところで、しばらく考え込むような仕草を見せる。それからしばらくして

 

「月は白く輝き、星は巡る。苦しみの輪舞曲ロンドだとしても、灯火を消してはいけない」

「君は宿命からは逃れられない」

 

 占い師は、先程とは違い、目を大きく見開き、低くハッキリとした声で言う。そしてしばらく俯いた後、不思議そうに「あれ?なにいっていたんだっけ?」と笑いながら言った。


帰り道、ソフィーは占いの結果を不思議そうな声で何度も繰り返し呟いていた。

 

「余計なことって何よ。軍をぶっ壊す!とか?敵国の王をぶっ殺すとか?あ!ゴシップ新聞社破壊!」 

 

 『それは分からないけど、両方とも実行はしない方がいいね。無駄死にするだけだがら』

 

 ミカエラがそう書いた紙を見せると、ソフィーは少し悲しげに笑った。

 

「ところであそこにアンドリューさんがいるんだけど……なんで墓場に……しかも、大量の向日葵の花を持ってるの?」

 

 少し遠くを見ると、両手で抱えきれないほどの向日葵の花を抱え、墓の前に悲しげに立ちすくんでるアンドリューの姿があった。顔は帽子で隠れており、よく見えない。

 

 『故人が好きだったとか。ただ、私達には関係ない話だよ』

 

「そうだね。人の秘密や過去は詮索するのは良くないね。私もそういうの嫌いだし」

 

 もう一度だけ、アンドリューを見つめると、二人はその場から静かに立ち去った。

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