第10話 カタコンベに響く亡霊の声
『晴れて良かった』
ミカエラはそう口を動かして、ソフィーとアンドリューを見る。アンドリューは、いつも通りの仏頂面で腕を組んだまま「ああ」とだけ言って、ソフィーは、嬉しそうな顔で頷く。
一週間が経った。ついに外出出来る。
ここ最近は小雨が降る日が多かったが、今日は爽やかに晴れている。
「ミカエラ!背中に乗って!車椅子がある一階まで運ぶから」
ソフィーは、ベッドと同じくらいまで屈みながらそう言う。
「ソフィー大丈夫か?背負えるか?」
横にいたアンドリューは、腕を組みながら言う。
「女性だからって舐めないでくださいね!アンドリューさんも背負えますから!」
「舐めては無いが……まあ、背負えるなら、それでいいが、くれぐれも階段とか気をつけろよ。これ以上、怪我人が増えると困るから」
そんな二人の会話を聞きながら恐る恐る、ソフィーの背の上に乗ると、ソフィーは軽々と立ち上がる。
「大丈夫?何か違和感とない?」
と、ソフィーはミカエラの方を見る。ミカエラは頷くと、ソフィーはまるで何事も無いように、散歩するようなスピードで歩き出す。
「本当は車椅子を持ってこようと思ったんだけど、ここ二階でしょ……流石に無理だったから、恥ずかしいと思うけど許して」
「というか、もう少し車椅子とかそういうの軽くならないの?これから色々と使う人が、増えそうなのに……」
ソフィーは不満そうそう呟いた。階段を降りると、そこには木と藤で出来た車椅子があった。ソフィーはその前に膝を着くと、少し後ろに下がりミカエラを座らせた。
「ん……じゃあ、俺はもう行くから、お前ら適当にブラブラでもしておけ」
アンドリューは腕を組みながら、素っ気ないような素振りでそう言うと、さっさと去っていった。
「ちょっと!一緒に行くんじゃなかったんですか!アンさん!というか、なんのために来た!」
ソフィーは小さめな声で叫びながら言うが、アンドリューは振り向かずに、手を振るだけだ。
「全くアンさんたら……あ、ミカエラ!ケープ渡すの忘れてたね」
ソフィーはそういうと、カバンの中から、茶色いケープを渡す。ミカエラはそれを片手で着て、フードを深く被ると、ソフィーは「レッツゴー」と嬉しそうに言い、車椅子を動かした。
基地の外に出て、しばらく歩くと市街地に出た。市街地はカラフルな木組みで出来たドールハウスのような可愛らしい家や、じっとり濡れた石畳、繊細な彫刻が施された建物、空まで届きそうなほど高い時計塔が目に入る。近くには大河が流れており、時折小型の漁船がアヒルのように走ってる。
初めてこの街に来た人はこの光景を繊細でおとぎ話のような街と呼ぶ。
そこから少し路地に入ると、白レンガの小さな建物がある。そこには『catacombe《地下墓所》』と、書かれている。ミカエラ達はその中に入ると、一気に空気が冷たくなり、螺旋のスロープを下ると、壁に骸骨だらけの地下空間が広がってる。
「この骸骨ってどれくらいあるんだろう」
と、ソフィーはそう言いながら奥の方へ進む。ソフィーの足音と、タイヤとコンクリートが擦れる音だけが静かに響く。
数分程歩くと、行き止まりになっており、目の前に長方形の大理石のモニュメントがある。石には『貴方の勇気は不滅。散華した名も無き兵士達ここに眠る』と彫ってあり、その下の地面には沢山の花束や供物が供えてある。
「後輩くんって遺体発見された時に、名前がわかってるなら無名戦士にならないんじゃない?」
ソフィーは、石碑を撫でながら言う。
『レオンハルトは、家族も居なくて、尚且つ親戚にも引取りを拒否されたから、ここに入ることになったみたい』
「彼は、独りぼっちなんだね……同じだ……」
ソフィーがそう返すと、ミカエラは目を伏せて、頷いた。
ふと、視界の端っこに自分より少し小さい人影が見えた。ミカエラは、そちらの方を向くと、艶がある薄柳色の髪を後ろに一つで縛り、白いワイシャツに、薄茶色のベストを着た、色白の少年があどけなさが、まだ残っている顔で笑っていた。
「一人はさみしいよね……」
少年の声は、ソフィーには聞こえないようで、声が聞こえても、振り返りもせず石碑に刻んである言葉を見ている。
少年は、そんなソフィーの姿を優しげな眼差しで見てから、相変わってミカエラの方を無表情でじっと見ると、声変わり前の少年らしい、少し高い声で、こう言う。
「ねえ、兄さん。親しい人が亡くなったのは悲しいけど、忘れろとは言わないから、死人にいつまでも執着しちゃあいけないよ」
――分かってるよルカ――
ミカエラは、ルカと呼ぶ少年の方を向きながら、心の中で呟く。彼はミカエラより1つ下の弟で、数年前に戦争によって目の前で命を落とした。
「でも、何度も死んだ後輩達や敵への懺悔の言葉を吐いてるじゃん」
『上にいる責任があるし、守れなかったから。それに戦争とはいえ、多くの人を殺したからね。悪いことをしたら謝らないと』
「本当そういうところ……分かるけどさぁ……無駄な共感や後悔ばかりしないでね。それじゃあ、生きて考えるだけの
「兄さんは、今を生きているのだから……過去に囚われすぎちゃ駄目だよ。自分の人生を無駄にしないで」
「なんの為に生きてるの?目の前の人を幸せに出来るのは生きている今のうちなんだよ」
それから、ルカはソフィーの方を見ながら、少し悲しげに目を伏せながらこう言った。
「姉さんも……ボクが死んだのを、責めないでね……姉さんのせいじゃないから。ただ、運が悪かった。それだけなんだ」
「……なーんて、こう言っても聞こえないけどさ」
ルカがそう言い終わった直後、もうそこには人の姿は、跡形も無かった。
ただ、入口から風が吹きつける音だけが、洞窟内へ不気味に木霊するのだった。
それはまるで、無念を叫ぶ死者の声のように聞こえた。
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