第9話 あの花よ。黒く染めて散ってくれ
その日の夜。春にしては暑苦しいかったので、ソフィーが帰る際に、開けたままにしてもらったドアを誰か来ないかなと、いう期待の目で、ぼんやりと眺めていた。
人が入って来る時は、
「やあ、ミカエラくん。回診に来たよ。調子はどうだい?」
人が入ってきたのはいいが、回診に来た
『お疲れ様です。いつも色々お忙しいのにありがとうございます』
「いえいえ。紙とペンもらったんだね!良かった……それじゃ腕と胸と喉を見せてくれないかな?」
ミカエラは頷くと、袖を捲った。腕には無数の傷跡と点滴の管が刺さっている。
「カテーテル苦しいと思うけど、もうしばらく我慢してね。トマトスープはまだだけど、少しづつ食べる練習していくから。あ、口開けて」
ヴァルトはそう言いながら、看護師から器具を受け取ると、先日と同じように口の中を見る。それから、隣の看護師になにか言って、ヴァルトは「じゃあ僕は失礼するね」と、言うと、看護師を置いて部屋から出ていく。
「あ、失礼します。ご飯の時間です」
看護師はテキパキとベットの角度を変え、、それからカテーテルと栄養剤を繋げると、何かあったら呼ぶようにだけ言うと、部屋から去っていった。
「少佐!夜分遅くに失礼します。荷物を届けに参りました」
しばらくして、先日の声が高い少尉が、ドアをノックすると、血に濡れた服と、茶色の皮のリュックを持ってきた。
服は戦場で着ていた服。リュックは、本部に置いてきた日用品が入っている。
ミカエラは、急いでリュックのポッケの中に入れたイヤリングがあるか確認をする。ミカエラにとっては大切な物だ。命の次の次くらいに。
ポケットの底には、金色に光る月のイヤリングがあった。ミカエラはほっと一息つくと、それを耳につける。
「レオンハルトの件は残念でした……少佐だけでも生き残ってくれて幸いです」
少尉は前に手を組みながら、残念そうな声でそう言う。
ミカエラは急いで紙に『嘘でしょ』と、書くと、少年兵は目をつぶり、首を横に振ってから「残念ながら」と、静かなに言う。
薄々分かっていた。だけど認めたくは無かった。手厚い治療を受けていると信じたかった。
レオンハルトは、死んだ弟に似ており、ユーモアがあり、されども、なんともいえない真面目さを持ち合わせていた。そして境遇もミカエラと似ており、隊に入って数日で意気投合してから、保護も兼ねて副官として、常に自分の横に置いといた。
楽しかった思い出が次々に蘇る。休みの日に映画を見に行ったこと、夜警の時にしたくだらない話。
どうしてだろうか? 目から雫がポタポタと溢れる。
「では、少佐失礼します。」
少尉は、気まずかったのか、少し早口で言いうと、部屋から出て行く。
ミカエラは、少年兵が出ていったのを確認すると、涙のせいでグチョグチョになった包帯を取り、咳を一つすると、湿ったため息をついてから、そのまま目を閉じた。
次の日、ミカエラが窓の外を見てると、ソフィーが丁寧にノックをして入ってきた。
それに気づいたミカエラは、後ろを振り返り、目を少し細める。
彼女はいつもとは違い、白い色の薄いワンピースを着ている。
「何見てるの?」
ソフィーは、ベッドに座っているミカエラの隣に座る。
『手向けの花』
ミカエラはそう口を動かすと、窓の外を指さす。そこには満開に咲き乱れて、風に吹かれては、花弁を散らす桃色の花が美しく咲き誇っている。
『戦場で最後に一緒に見た後輩が死んだって』
あの未知の敵によって、呆気なく死んでしまった。
「……」
ソフィーは何も言わずに、手をそっと握る。
『いい人はみんな早く死んでいく……父さんも後輩達も』
「あぁ……ミカエラ……ごめんね。みんなを助けられなくて」
ソフィーは目を伏せ、悲しそうな声と表情で、自分の手を強く握りしめていた。
『どうして謝るの?ソフィーは何も悪くないのに』
『ねえ、ソフィー。ヴァルトさんに外出許可貰えないかな?せめて彼のお墓参りに行きたいんだ』
ミカエラは遠くを見ながら、ゆっくりと口を動かす。
「おやおや!何か話している所に失礼するね。点滴替えに来たよ」
穏やかな顔でヴァルトが部屋に入ってくる。
「いえいえ。今、丁度今話していたんですよ……外出許可を貰いたいという話を……部下が亡くなったのでお墓参りに行きたいと」
ヴァルトはそれを聞くと、「あぁ」と、だけ言うと、しばらく考えるように黙り込み、それからゆっくりと喋り始めた。
「まず、今の状況だと無理かなぁ……ただ、今の治癒スピードでいくと一週間くらいで外出出来るよ!普通だと一ヶ月半くらい掛かるんだけど、君は異常に治癒スピードが早いからね」
ソフィーは少し驚いたような表情を浮かべて「早」と呟いた。思ったより早くて良かった。もっと一ヶ月くらい掛かるかと思っていた。
『大丈夫だよ。一週間なんてすぐだから』
そう言ったものの、実際の1週間は長かった。ほとんど寝たきりだからだろうか。本を読んでいても、一日が永遠のように感じた。ソフィーやアンドリューに、あと何日で一週間になるか沢山聞いた気がする。二人とも、呆れも笑いもせずに、真剣に答えてくれた。
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