第5話 病院の窓から侵入するな

ミカエラの同居人である、ソフィー=ミネルヴァがその手紙を受け取ったのはそれから1日後の任務直前のことだった。


ソフィーは帝国陸軍の洗濯部隊という部隊に所属しており、ミカエラとは離れた場所にいた。


手紙を見た瞬間、彼女のに光が無くなる。


しばらく、震えながら手紙を見ていた。

悲しさと不安で唇を強く噛むと、薔薇色の血がぬるりと滴り溢れる。


そして、何か決意したような顔になると、手紙を勢いよく鞄につっ込んだ。

ぐしゃぐしゃに入れたせいで手紙は、少し破けかもしれない。


しかし、そんなことはどうでもよかった。


直ぐに棚からリボルバー銃を取り出し、スカートの中にしまった。


そして、「これでいいんだ」と何回か呟くと、宝石箱をひっくり返したように煌めく夜空の下へと飛び出す。


窓から飛び降りると、月に照らされて淡く光る美しいのツインテールをなびかせながら、暗い街を駆けていった。





「やっほ〜!アンさん元気〜? 」


 それから2日後。長期任務から急いで帰ってきたソフィーは、軍病院の二階の一室にいた。


ソフィーは、いつも水色の可愛らしいポンチョとドレスを着ている。

ドレスの腰から下は白いエプロンで覆われてる。

薄桃色の艶のある肌水色の髪を胸の辺りで切りそろえてあり、顔立ちは派手では無いものの、石畳の隙間に健気に咲く花のような、顔立ちと雰囲気を持ち合わせている。


 本当ならば、任務終了後すぐにでも駆けつけたかった。

しかし任務地が遠く、移動に1日ほどかかってしまった。


「馬鹿! 戦場から帰ってきてまだた4日後だぞ。何が『やっほ〜元気〜』だ……のわけあるか!しかも、こっちはクソ大佐からまた、仕事増やされたんだよ!大佐死ね!

というかソフィー、お前も任務終了直後なんだから休めよ! 」


 ソフィーの上司でもある、アンドリューは、髪を掻きむしる。それから、薄ら疲れが浮かぶ仏頂面で、腕を組んだ姿勢のまま呆れたような声を出した。


「……本当はそれくらい知っていますよ! ……お疲れ様です。いつも無理ばっかりして! アンドリューさんは、もっと自分の身体を大事にしてください! さっさと逝かれると困るんです」


「それに私は休みましたよ……列車のなかで十分……」


 ソフィーは檸檬色の瞳を細め、ふわりと笑いながら言うと、アンドリューは一瞬俯き「ああ」とだけ言った。


「あ、それとソフィー! また窓から入りやがったな! 窓はドアじゃないと何回言えば分かるんだ! 」


 病院だからか、アンドリューはいつもよりは静かに叱るが、それに加わる威圧感はいつもの数倍はあり、更に顔面が怖くなっている。


「窓は私の身体が入るし、なんか……ほら、動くからドアーだと思います! 」


 ソフィーはドヤ顔をしながら窓をパタパタと開け閉めしてから、窓の外へ出ようとした。

  この窓は防犯面、安全面に特化した窓で、簡単に開けることは出来ない。


「あーーめろ! 怪我されると困る! 」


 アンドリューが必死に止めると、ソフィーは窓に出る直前で停止し、イタズラぽい笑顔でニコリと笑った。


「それで、俺は窓から侵入したことを叱る為にここに呼んだんじゃない。何か分かるよな? 」


 アンドリューが目を伏せて静かに言うと、ソフィーの先程の笑顔が崩れ、青菜に塩を振ったような顔になる。

そして瞳を大きく見開き、思わずアンドリューの服を握りしめる。


「ミカエラが撃たれたですよね……?! ……アンさん彼は……? ミカエラは無事ですか……? ねぇ、元気って言ってくださいよぉ……」


 ソフィーは前半は叫ぶような少し甲高い声だったが、後半になるにつれ今にも消えそうな低い声で言う。

 先程開けた窓からは春なのに冷たい空気が入ってくる。


「……大丈夫に決まっているだろ!言わせるな! ……というか、お前の能力千里眼だろ?ここからでも見れるから見ろよ?」


 アンドリューはソフィーに言うというより、まるで自分自身に言い聞かせるように言った。

「……怖いから見たくないんです。この網膜に映るまで、それが現実とは認めたくないんです」

 ソフィーは俯きながら、先程とは違う弱弱しい声で言った。アンドリューは、それを聞くと「だと思った」と言い、小さくため息ついてから、自分に着いてくるように言った。


 病室に向かう途中、いつもはなんとも思わない廊下が長く、暗く感じる。


 何故か自分の一つ一つの挙動が、こんな時にだけ信じてる神に見張られてる気がする。そして、何か気に入らないことをすると、神罰として部屋に入った瞬間、ミカエラが死ぬような気がした。

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