第4話 西武線異常なし(後編)

しばらくすると、青年はもうボロボロになっていた。服も靴も、髪の毛も少し焦げている。しかし、何故か面白そうに笑ってる。

 次の瞬間、煙幕で目の前が見えなくなる。数十秒後には視界は開けたものの、青年の姿はそこには無かった。

 

「ゲボッ……逃げられた……ってレオンハルト大丈夫? 」

 

 近くで横たわってるレオンハルトを揺さぶるが、反応がない。

 

「おい、お前ら帰るぞ」

 

 煙で気づかなかったのか、近くにいたアンドリューが仏頂面で腕を組みながらそう言う。

 

「アノニマス中佐?! 」

 

 先程のこともあり、本物か確認する為に、敢えてアンドリューが口癖のように、呼ぶなと言っている彼の苗字を呼ぶ。  


「あ゛あ゛あ゛? 苗字で呼ぶなって、いつも言ってるだろ。何度も言わせるな……次、苗字呼んだら、配給無しな」


 アンドリューはかなり不機嫌そうにそう言ってから、舌打ちをした。どうやら目の前にいるのは、本物のアンドリューのようだ。

「すみません。アンドリュー中佐。さっき変な敵がいたので、確認の為に呼びました」

「あ、聞いてください!レオンハルトが被弾して動かないんです……今すぐ病院に運ばないと……」


「……その必要は無い」


 その声と同時に銃声が響き、足に激痛が走り、その場に崩れる。そして間一髪入れずに、再び銃声が響き、腕が動かなくなる。 


「これでもう能力使えないねぇなぁ?」


 アンドリューだったら、絶対しないような表情と口調でそう言う。

 

 「確認したのは偉いねぇ……でも、甘い。信頼してる上官でも、急に現れた時はすぐに信頼してはいけないよ〜」

 

 喋り方から考察するに先程の青年だ。ミカエラはしくじったと思った。

 

「これで終わり。最期に残す言葉は?」

 

 艱難辛苦かんなんしんくの続きだったが、案外楽しかったことも多い自分の人生もここまでなのか。


「……アンドリューさんや、他の仲間達は無事ですか?」


「ああ、アイツなら今頃お前らを探してるよ。他の人間も元気だ」


 その言葉と同時に、何発かの銃声が響き、鮮やかで生ぬるい血飛沫が頬にべたりと張り付く。  

             

 薄れゆく意識の中、痛みと共に昔の記憶が走馬灯のように蘇る。どれも泣きそうな程懐かしく、二度と戻らない幸せだった日々。ミカエラは、もう死が近いことを強く実感した。

 ふと、戦場に行く前に大切な人と交わした『生きて帰ってきてね』という約束を思い出した。


 そうだ……生きねばならない。どんなことがあろうとも。決して死んではいけない

 ミカエラは、もう一度立ち上がろうと体を無理やり動かそうとするが、もう限界を迎えているのか、身体は力が入らず、泥沼に落ちた紙のように溶ける感覚を覚え、足は糸が切られたマリオネットのように動かない。


 瞼も勝手に下がって視界も灰色に霞んで見えなくなり、酸素さえ肺に詰め込もうとしても、喉あたりで止まり息苦しい。それなのに、頭だけはしっかりしているらしく、色々な感情が一気に溢れ出してきた。


  ああ、やっぱり本当は、死にたくない!死にたくない……死ぬんだったら、もう一度あの子のあの子の顔が見たい。

 ……なんでこんなよく分からない得体の知れない能力者に……殺されなきゃいけないんだ……

 ……そして何よりも……自分が居なくなると……あの子……は……本当に……独りぼっち……に……なってしまう……そんなのあまりにも!あまりにも……!ぼく……は……まだ……しねない……あのこをのこしては……けない……


 あの子の太陽のような眩しい笑顔と同時に、自分が死んだ後のあの子の姿が脳内に浮かぶ。きっと、あの子は自分が死んだら跡を追うだろう。それを想像すると、胸は撃たれていないはずなのに、苦しくぎゅっと締め付けられる感覚を覚えたが、徐々にそれすらも、もうなにも感じられなくなくなってきた。

 瞼を閉じる瞬間、ミカエラは動かない口角と表情筋を無理やり動かし、笑ったような表情を浮かべると

 

 「ごめんね……そふぃー。やくそく……うち……かえれそうにないやァ……」 

 

 そう掠れた声で呟き、赤色の双眸からガラスのような一筋の涙を流した。涙は冷たい肌を伝い、血に濡れた大地を濡らした。

そして、そのことに気づく人はしばらくいなかった。

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