第17話-ヒモ洗濯機とストーカー男

「開けろ!おい美琴!!なんで逃げたんだ!俺の事好きだって言ってたろ!おい!居るのは分かってるんだ!」

ダァンダァンとけたたましい音を出して戸を叩いている。叫ぶ男の言葉に眉根が跳ねる。


誰が、誰を好きだって?


男の怒声に苛立ちを覚え、腹にドス黒い何かが溜まっていくのを感じる。

こんなヤツでも、殺せば美琴の迷惑になる。穏便にお引き取り願おう。


俺は気怠げに玄関の戸に鍵を開け、戸口に手を掛けた。

「さっきから五月蝿いな。どちらサマ?」

後ろ頭を掻きながら玄関を開けると、中肉中背の三十代ほどの真面目そうな男が息荒く立っている。

俺が出てきた事が予想外だったのだろう。一瞬怯んだように後ずさる。

「お、お前、誰だ。ここは美琴の家だろ!し、知ってんだからな!さてはお前が美琴を唆したのか!?」


ギャンギャンとよく吠える。


「ミコはお前なんか知らないらしいけど?怖がってるから帰ってくれません?」

無表情で見下す様にそう言ってやると、男はワナワナと拳を震わせている。

「……どうせ美琴を手玉に取って寄生しているだけのヒモ男なんだろう?アイツは優しいからなぁ。」

蔑む様に俺を見て来る男を見て、ふと考える。


ヒモってあれか、男が女に飼われた状態の事だよな。

使役魔として飼われてるわけだし。間違ってはいない。つまりは、この男より俺の方が美琴の懐に近いって事は確かだ。それはちょっと気分がいい。

俺は上機嫌にクスリと笑った。

「そうだよ?ミコはお前より俺がいいんだよ。だから帰ってくれないか。」

「ハッ!なんの役にも立たない社会のクズの分際で思い上がるなよ。こんなボロ屋に引っ越しやがって。探したんだぞ美琴!出てこい!美琴!!一緒に帰るぞ!!」


美琴は前はコイツと一緒に住んでいたのか?

帰る家が別にあるのか?


……どうでもいいか。今は美琴が“会いたくない”と望んでいるのだ。コイツを殺さずに追い返す事が先決だろう。


しつこく騒ぎ始める男に呆れて溜息が出てしまう。こんなに暴れられては近所から警察を呼ばれてしまうではないか。

「ミコはここを気に入ってるから住んでるんだ。お前がどうこう言う筋合い無いだろ。」

「うるさいクズ野郎が!」

殴り掛かってくる男の拳をパシリと掴むとグリンと腕を捻じ上げてやる。男は膝を落として動けなくなってしまった。

「いだだだっ」

「暴力反対。ミコが怖がる。」

静かにそう言うが、男はまったく聞く耳を持たない。


「痛いぞ!離せ貴様!!」

「あのさ、ミコが怖がってるんだ。さっきから言ってるだろ?」

「だからなんだ!?俺から逃げる美琴が悪いんだろうが!!」


理不尽な怒りだ。異世界人の奴隷に接する姿に近い。

この世界に奴隷制度は無いのに、こんな人間がいるんだな。


「美琴はお前の物じゃない。お前が良けりゃ自分の足でお前の所に行くだろ。」

「うるさい!やっと見つけたんだからな!!アイツは俺と結婚するんだよ!!」


婚姻は結んでいないのか。俺はホッと胸を撫で下ろす。婚姻関係とはどの世界でも拗れると面倒なものだ。

つまり、コイツはただのストーカーだ。刑事ドラマでよくあるやつだな。俺を無職のヒモだと見抜いた洞察力は褒めてやりたいが、そろそろ相手をするのも疲れてきた。話し合いでどうにかなる類の人間ではない。


空はすっかり暗くなり、表の通りを行く人も居ない。


ああ、これなら。ちょっと脅すくらいなら騒ぎにならないかな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る