第9話-無自覚のご主人様
俺の居た世界では魔物を使役する事は大して珍しい事ではない。なんなら魔物である必要もない。
この世界のように、人間みな平等……なんて言葉は通用しないのだ。
使役するためには隷属化魔法で相手を縛らなければならず、縛られた者は主人が契約を破棄するか、相手の魔法を壊すかしないと逃げられない。
通常、逆らえば痛みや四肢の自由を奪う罰を与える魔法が主流だが、高等魔法になると、苦痛を与えるのではなく、精神を支配する手法になってくる。つまり主人に忠誠を誓うよう、決して主人を裏切らない好意を持たせるのだ。
今、俺が掛けられた魔法がそれだ。チャームなんていう名前だったか。強力ではあるが自分で解けない程ではない。解除魔法を一言口にすればすぐに解ける。
それをさせないのがチャームの凄い所だ。
怖いのは、魔法抵抗力のある俺にいとも簡単に魔法を掛けたというのに、本人には魔法の軌跡が見えていないという事だ。
先程チャームを掛けられた後、美琴にどうして魔法が使えるのかと聞くと美琴はぱぁっと明るく言ったのだ。
「あぁ!あいさつって魔法みたいよね!」
『……う、うん。』
笑顔でそう言われてしまい俺は呆気に取られた。美琴が故意に惚けていないのなら、彼女はただ古びた物に名前を付けて自己紹介をしたにすぎない。
あれから美琴は掃除があるからと部屋の中に引っ込んでしまった。
時折、コトッ……カタッ。トットット……と音がして、美琴が近くで動いているのが感じられた。
俺は洗濯槽から顔を出し、その音を聞いている。この脱衣所からは浴室と、土間にある台所しか見えないのだ。
なんとも心地よい音だ。……そう思わせ、ここがお前の居場所なのだと縛り付ける。それがチャームなのだが……。
分かっていても穏やかな幸せに逆らえるはずもない。最初に抵抗していたのが嘘のように受け入れてしまっている。
俺が寂しいだろうと、美琴は浴室の小窓を開けて外気が感じられるようにしてくれた。流れてくる風が気持ちいい。小窓からは裏庭に植えられた桜がサワサワと揺れている姿が見える。
俺のために窓を開けてくれた。それだけで気分が良い。
『やれやれ、デタラメなご主人様だな。』
俺は内心苦笑しながらため息を吐いたのだった。
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