第8話-洗濯機のご主人様

「じゃあ、私のご挨拶ね!貴方の名前は?」

お嬢さんは俺を見つめて首を傾げる。


名前か……。昔食った勇者の名前を使ってはいたが、それは勇者の名前であって俺自信の名前でなはない。

その前に人間の身体に擬態した時もそいつの名前を名乗っていた。


そういえば、俺は名前らしい名前がなかったな。

ひょんな事から気付いてしまった。今の姿なら擬態した二層式洗濯機の名前を名乗るべきだが、喋る予定も無かったので覚えてもない。


仕方ないな。自分で考えるのも面倒だ。


『名前は無いんだ。だから好きに呼んでくれていいよ。』

「まぁ!私、名付けは得意なのよ。ぬいぐるみも全部私がお名前つけてる!」

『ああ……そう。じゃあ、お願いしていい?』

キラキラの笑顔はまるで初夏の太陽のようで、擬態し隠れて日々を生きている日陰者の俺は正直眩しすぎて直視できない。目を輝かせて俺を見つめてくる彼女をチラリと見て、小さく溜息を吐いた。


頼むから、ふぁんしーなのはやめてね。


「そうね、洗濯機のオバケだから、せんたく……タク、たくちゃん!あなたの名前は今日から“濯”よ!」


名を付けられた瞬間、染み込むように馴染んでいく。身体が熱くなり存在感が増すような気分になる。


『…… えっ……』

目を見開く。こんな事ありえない。


……真名を、……決められてしまった。


『……。』

唖然としていると、お嬢さんが心配そうに俺を見つめた。


「あ、気に入らなかった?じゃあ別の名前にする?」

『あ……あぁいや!気に入ったよ!濯!ありがとうなッ!あはは。』


もう、馴染んでしまった真名を変える事なんて出来るはずがない。


こんなの、自分よりも強い相手じゃないと不可能だ。あんぐりと彼女を見ていると、彼女は俺の前に正座して向き合い、そして優しく微笑んだ。

 

「はじめまして。私の名前は斎藤さいとう美琴みことです。濯ちゃん!今日からよろしくね。」


ニッコリと笑いそう言う彼女と、驚く俺を包むように光が溢れ、桃色の魔法陣が現れた。

『……なっ……は!?……――ッ!』


な、なんで……この世界の人間が魔法を使えるんだ?!


魔法陣から現れた鎖が俺の全身を絡め取ったかと思うと、パキンッと音を立てて、何も無かったように消える。

瞬間、どうしようもない程に彼女が魅力的に見えてきた。彼女を見ると従わずにいられないような。


「濯ちゃん?大丈夫?」


ハッと我に返って、内心、冷や汗をかきながらニコリと笑った。


『あ……ああ、よろしく。』

「うんうん!」

ふふふ!と嬉しそうに笑う美琴を見ると、ドキリとし、美琴が楽しいならいいか。というような気分になってくる。

そしてまたハッと我に変えりブンブンと頭を振った。


いやいやいやいや!!

俺は魔物だぞ。なんだ今の思考は!?


そもそも魔物が人間に好意なんて……っ!



気付けば俺は、斎藤美琴の使役魔となっていたのだった。

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