我慢しなくていい①
◇◆◇◆
ジェラルドの去った室内で、私はようやく肩の力を抜く。
もう本当に大丈夫なのだと……安全なのだと悟り、父に少し寄り掛かった。
先程まで必死に抑えていた不安が、恐怖が、震えが一気に吹き出してきて……私はいっぱいいっぱいになる。
それでも何とか泣かぬように堪えていると、父がポンポンッと背中を叩いてくれた。
「よく頑張ったな、ベアトリス。怖かっただろう?」
囁くような優しい声で問い掛け、父はそっと私の目元に触れる。
「もう我慢しなくていいぞ」
『感情的になっていい』と告げ、父はあっという間に私の理性を解かした。
「ふっ……ぅ……ぐっ……」
どうにかして保ってきた緊張の糸が切れ、私は大粒の涙を流す。
『中身はもう大人なのに』『せっかくのドレスが』と様々な考えが脳裏を過ぎるものの……漣のように押し寄せてくる感情を抑える術はなかった。
まるで本当の子供のように泣きじゃくる私に、父は目を細める。
「いい子だ、ベアトリス。そうやって、全部吐き出しなさい。私の前では、何かを堪えたり偽ったりする必要はないんだ」
『辛い』『苦しい』という感情さえも喜んで受け止める父は、無理に泣き止ませようとしなかった。
なので、一時間近く涙を流してしまい……目がパンパンに。
『こんなに泣くのは、いつぶりだろう?』と思案する中、ふとルカとグランツ殿下の姿が目に入った。
時折こちらの様子を見ながら小声で何か話し合う彼らは、難しい表情を浮かべている。
恐らく、ジェラルドの対応について悩んでいるのだろう。
彼らも、きっとジェラルドがここまで極端な行動に出るとは思ってなかった筈……何より、あの強さ。
前回も普通に強かったけど、皇室に雇われた騎士をあっさり気絶させるほどではなかった。
それにジェラルドはどちらかと言うと、剣士寄りだったし……。
剣を使ったとは到底思えない今回の襲撃を思い返し、『やっぱり魔法を使っているよね』と考える。
だって、急に明かりを消したり、ほぼ無傷で騎士を気絶させたりしていたから。
何より、ジェラルドは手ぶらだった。
前回も含めて、ジェラルドが魔法を使う場面はほとんど見ていない。
ということは、恐らく────わざと実力を隠していたんだと思う。
いざという時のために。
『そんなの全然知らなかったな……』と肩を落とし、私は信用されていなかった事実を……手駒の一つでしかなかった過去の自分を噛み締めた。
ジェラルドの
と同時に、前回の私は彼の何を見ていたのか?と少し笑いそうになった。
だって、今考えてみると過去の自分がお気楽すぎて……『恋は盲目とは、このことか』と溜め息を零す。
すると、父が気遣わしげな視線を向けてきた。
「今日はさすがに疲れただろう?寝ていて、いいぞ」
「えっ?でも、屋敷に帰るんじゃ……?」
「ああ。泊まっていくつもりはない」
「なら……」
「大丈夫だ、ちゃんと寝室まで運んでやるから」
『道中、ちょっと寝苦しいかもしれないが』と述べつつ、父はポンポンッと背中を叩いてくれた。
まるで、寝かしつけるみたいに。
「ベアトリス様、今日はもう休んで。体調不良にならないか、凄く心配なの」
「バハルまで……私は大丈夫なのに」
僅かに身を乗り出してくるキツネに、私は苦笑を漏らす。
『たくさん泣いてスッキリしているくらいよ』と肩を竦める中、ルカがこちらを振り返った。
「バーカ。『大丈夫』って言っているやつが、一番大丈夫じゃねぇーんだよ。いいから、さっさと寝とけ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます