緊急事態②

「普通の魔物であれば、触れるだけで死に至るんだが……こいつは直接切らないとダメか」


 悩ましげに眉を顰める父は、私と魔物を交互に見やる。

私を一人にするのが、不安で堪らないのだろう。


「お父様、私なら大丈夫です。ですから、魔物の方を……」


「そうするべきなのは、分かっている。だが、ここにはイージスも居ないし……」


 優しく私の頬を撫で、父は珍しく躊躇う素振りを見せた。

憂いを滲ませる青い瞳に、なんと声を掛ければいいのか迷っていると────


「イージス卿ほどの手練れではないけど、ベアトリス嬢の安全は私が守るよ。それでどうだい?公爵」


 ────人混みの中から、グランツ殿下が姿を現した。

その横にはルカの姿もある。

『いつの間に……?』と驚く私を他所に、二人は父の前へ歩み出た。


「第一皇子グランツ・レイ・ルーチェの名において、ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン公爵令嬢の安全を約束するよ」


 ルカが一緒ということもあり強気に出るグランツ殿下は、『必ず守り抜く』と誓う。

すると、父は少しばかり肩の力を抜いた。


「分かりました。よろしくお願いします」


「ああ。公爵こそ、魔物の方を頼むよ。騎士の話によれば、まだ他にもたくさん居るみたいだから」


「はい、全て討伐します」


 騎士の礼を取って応じると、父は一度腰を折った。

かと思えば、じっとこちらを見つめる。


「ベアトリス、しばらくグランツ殿下のところに居てくれ」


「分かりました」


「出来るだけ早く、お前の元へ戻る」


「はい、お気を付けて」


 英雄としての責務を全うしようとする父を誇らしく思いながら、私は送り出す。

すると、父は『いい子で待っていてくれ』と言い残し、消えた。

いや、風となったと言った方がいいかもしれない。

気づいたら、魔物の前に居て聖剣を構えていたから。


「相っ変わらず、人間離れしてんなぁ」


 『強化魔法なしであの速度って、どういう原理だよ』と零し、ルカは大きく息を吐いた。

と同時に、父は再び姿を消す。

『何が起こったの?』と目を白黒させる中、魔物は縦に大きく切り裂かれ、光の粒子と化した。

恐らく、聖剣の権能により浄化されたのだろう。

物や者に触れると消えてしまう光を前に、私は瞠目した。

『お父様の動きを目で追えなかった』と。


「公爵は随分と急いでいるみたいだね。余程、君の傍から離れたくないようだ」


「本当、過保護だな〜」


 『ちゃんと守るって言っているのに』と肩を竦め、ルカは呆れたような表情を浮かべる。


「この調子だと、一時間と待たずに討伐を終えるぞ」

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