魔道具④

 無言ながらも話しやすい雰囲気を作る殿下の前で、私はチラリとルカの方を見た。

すると、彼は苦笑しながらこう言う。


「嫌なら嫌でいいんだぞ。グランツは好奇心で聞いてきているだけだから。まあ、この際言いたいこと全部ぶちまけるのもいいと思うけどな」


「……失礼にならないかしら?」


「ならない、ならない。なったとしても、あっちは何も言えねぇーよ。なんてったって、お前は光の公爵様の愛娘だからな。文句を言おうものだから、ぶち殺されるって」


 『何も心配は要らない』と力説するルカに、私は少しだけ勇気をもらう。

と同時に、父の言葉を思い出した。


 ベアトリスのやりたいようにやっていい。


 ギュッと胸元を握り締め深呼吸すると、私は視線を前に戻す。

アメジストの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、少し身を乗り出した。


「あの、グランツ殿下。私、ずっとお聞きしたいことがあって……」


『なんだい?』


「私のこと────恨んでいませんか?」


 思い切って質問を投げ掛けた私は、そっと視線を下ろす。

グランツ殿下の顔色を確認するのが、なんだか怖くて。


「前回はその……ジェラルドが皇位を継ぐことになったでしょう?その原因は間違いなく、私で……恋にうつつを抜かすような真似をしなければ、次期皇帝の座はグランツ殿下のものになっていたと思います」


『……まあ、確かに君の存在は皇位継承権争いにおいてかなりの影響を及ぼしていたと思う。お世辞にも、全く関係ないとは言えないね。でも────』


 そこで一度言葉を切ると、グランツ殿下はフッと笑みを漏らした。


『────恨んではいないよ。君は別に悪いことなんて、していないからね。あくまで正々堂々と戦っていた。違うかい?』


「た、確かに犯罪行為などはしていませんけど……」


『なら、何も問題ないよ。皇位継承権争いで負けたのは、私の実力不足だ。それを他人のせいにして、恨むなど……愚の骨頂だろう』


 呆れたように苦笑を浮かべ、グランツ殿下は小さくかぶりを振った。

心外だとでも言うように。


『それに意図せず、二回目のチャンスをもらったんだ。今度こそ、負けないよ』


 逆行したことによって皇位継承権争いの結果はリセットされたため、全力で戦う所存みたいだ。

リベンジに燃えている様子のグランツ殿下を前に、私は少しホッとする。

『前向きに物事を考えられる人で良かった』と思いながら。


 おかげで、心のつっかえが取れたわ。

これからはビクビクせず、殿下と話せそう。

まあ、まだ緊張はするけど。


 逆行前も合わせてこんなに深く関わったことはないので、人見知りを発動してしまう。

『ルカとは、わりと普通に話せるんだけど……』と思案する中、グランツ殿下は不意に顔を上げた。


『そろそろ、時間だね。魔力供給は問題なく出来ているみたいだし、部屋に戻るよ』


「あっ、では通信を切りますね」


『ああ。じゃあ、また後でね』


「はい、お待ちしております」


 そう言って頭を下げると、私は魔力の供給を止めた。

────と、ここで水晶より発せられていた音声や映像は消える。

ただの透明な玉となった魔道具を見下ろし、私は僅かに表情を和らげた。

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