講義①

「さて、雑談はこの辺にして講義を始めようか」


 『一応、家庭教師の仕事もこなさなきゃ』と言い、グランツ殿下は黒板の前に立った。

新しく書斎にした部屋をグルッと見回し、チョークを手に取る。


「とはいえ、前回の記憶があれば礼儀作法や座学は問題ないよね」


「ああ。俺の見立てが正しければ、貴族に必要な教養はもう身についている。わざわざ学び直す必要はないだろう」


 『このままでも問題ない』と太鼓判を押すルカに、グランツ殿下は相槌を打った。

かと思えば、おもむろに顎を撫でる。


「う〜ん……じゃあ、やっぱり────身を守る手段や方法を教えた方が、良さそうだね」


「身を、守る……?」


 もっと専門的なことを学んだり、新しい分野に手を出したりするものだと思っていた私は目を剥く。

動揺のあまり身動きを取れずにいると、グランツ殿下がニッコリ微笑んだ。


「もちろん、君のことは守るよ。何に代えても、ね。でも────私達だって、四六時中ベアトリス嬢の傍に居られる訳じゃない」


「俺達の居ない間に、何かあったら……そのとき、もし一人だったら頼れるのは自分自身ということになる」


「そういう事態にならないよう極力頑張るけど、私達も人間だからね。完璧じゃない。だから、万が一に備えて身を守る術を身につけてほしいんだ」


 生存率を上げるためだと主張し、グランツ殿下は黒板に向き直る。

その隣で、ルカは用意された教科書を開いた。


「一番手っ取り早いのは、魔法を覚えることだけど……」


「あっ、ごめんなさい。私、魔法の才能は全くないみたいなの」


 空中に浮かぶ教科書を一瞥し、私はシュンと肩を落とす。

せっかく、二人が一生懸命考えてくれているのになんだか申し訳なくて……。

『私にもっと才能があれば……』と思案していると、ルカが不意にこちらへ手を伸ばした。


「魔法の才能が全くないってことは、ねぇーと思うぜ?だって、お前からずっと────膨大な魔力を感じているし」


「えっ?でも、マーフィー先生は確かに……」


「あの女の言うことなんて、信じるなよ」


 やれやれといった様子でかぶりを振り、ルカは頭上に手を翳す。

と同時に、目を瞑った。


 なんだろう?凄くムズムズする……。


 擽ったいとは少し違う感覚に首を傾げる中、ルカはパッと目を開けた。


「あー……なるほどなぁ。確かにこれだと、魔導師にはなれねぇーわ」


「や、やっぱり……」


 マーフィー先生は凄く意地悪で怖かったけど、自分の仕事はきっちりこなすタイプの人だから。

嘘をついているとは、思ってなかった。


「じゃあ、魔法は諦めて体術や剣術を……」


「いやいや、何言ってんだよ」


 思わずといった様子で言葉を遮り、ルカは大きく息を吐いた。

かと思えば、呆れたように肩を竦める。


「俺様は確かに『魔導師にはなれない』って言ったけど、『魔法の才能がない』とは言ってないぜ?」


「えっと……つまり?」


「条件さえ揃えば、お前も魔法を使える」


「!!」


 疑問形ですらない確信の籠った言葉に、私はハッと息を呑んだ。

『ほ、本当に……?』と瞳を揺らす私の前で、ルカは両腕を組む。


「いいか?ベアトリスの場合、魔力はちゃんとあるんだ。それも、かなり多く。ただ────無属性の魔力だから、通常の方法だと魔法を使えない。その理由は言わなくても、分かるよな?」

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