悩み③
余計なことを口走ってしまいそうな唇に手を当て、私はそっと眉尻を下げた。
ひたすら自分の気持ちを押し殺す中、父に抱き締められる。
「すまない、ベアトリス……出来るだけ、早く帰ってくる。ただ、最近魔物の動きが活発でな……例年より、時間を要するかもしれない」
「は、い……」
一番大事なのは父の安全のため、私は素直に首を縦に振った。
『早く帰ってきてほしい』という本音を隠す私の前で、父は優しく頭を撫でる。
「ユリウスを置いていくから、困ったことがあれば頼りなさい。あと、体調には充分気を使うように」
「おと、さまも……」
「ああ」
とても穏やかな声で答え、父はトントンと一定のリズムで私の背中を叩いた。
そのせいか、一気に睡魔がやってきて……私は抗い切れずに意識を手放す。
────そして次に目を覚ました時には、父の姿がどこにもなかった。
「公爵様なら、今朝サンクチュエール騎士団を連れて遠征に行きましたよ!」
「そう……きちんとお見送りしたかったのだけど」
朝食のパンをちぎりながら、私は小さく肩を落とす。
前回に引き続き、今回も『行ってらっしゃい』って言えなかった。
せっかく、普通の親子関係に戻れたのに。
『寝過ごしちゃうなんて……』と項垂れる中、イージス卿はサンストーンの瞳をうんと細めた。
「お嬢様は本当に公爵様のことが大好きなんですね!」
「え、ええ……まあ、そうね」
改めて言うのはなんだか気恥ずかしくて、私は少し頬を紅潮させる。
────と、ここで昨日から席を外していたルカが戻ってきた。
「あっ、この気配……あの幽霊ですね!」
相も変わらず勘の鋭いイージス卿は、『おはようございます!』と元気よく挨拶する。
そんな彼を、ルカは面倒臭そうな目で見ていた。
「こいつ、マジで鬱陶しいな……何で気づくんだよ。本当に人間か?」
怪訝そうな
と同時に、こちらを向いた。
「で、第二皇子の件なんだけど」
早速本題へ入ると、ルカはおもむろに前髪を掻き上げる。
「とりあえず、協力者に事情を話してきた。こっちに来れないよう……というか、城から出れないよう取り計らってくれるそうだ。だから、安心しろ」
『心配は要らない』と断言するルカに、私はホッと息を吐き出す。
目下の問題が片付いたことに心底安堵しながら、口パクで礼を言った。
さすがにイージス卿の前で、堂々と会話する訳にはいかなかったから。
「まあ、ここで大人しく公爵様の帰りでも待っとけよ」
────というルカの言葉に頷き、私は二ヶ月後ほど穏やかな日々を過ごした。
講義などの予定もなかったため、久々にのんびりお昼寝したりティータイムしたりと一人の時間を満喫出来たと思う。
と言っても、傍にはいつもルカやイージス卿が居たけど。
早く、お父様に会いたいな……。
つい先日届いた父からの手紙を眺め、私は一つ息を吐く。
いつもより広く見える自室を見回し、ソファの背もたれに寄り掛かった。
────と、ここで部屋の扉をノックされる。
『昼食の準備が整ったのかしら?』と思いつつ入室の許可を出すと、扉の向こうからユリウスが姿を現した。
「ベアトリスお嬢様、失礼します」
そう言って優雅に一礼する彼は、珍しく焦った様子である。
『何があったんだろう?』と首を傾げる中、ユリウスは足早にこちらへ駆け寄ってきた。
「取り急ぎ、お伝えしたいことが……」
「何?」
まさか、討伐隊の方で何かあったのかしら?
『負傷』の二文字が脳裏を過ぎり、私は唇に力を入れた。
不安と恐怖でいっぱいになる私を前に、ユリウスは小さく深呼吸して口を開く。
「第二皇子ジェラルド・ロッソ・ルーチェ殿下が、来訪されました」
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