天敵出現《ルカ side》①

◇◆◇◆


 さてと、後始末にでも行くか。


 幸せそうに笑う銀髪の少女から目を逸らし、俺は常時展開していた浮遊魔法を解いた。

その途端、俺の体は床をすり抜け、落下していき────地下牢に行く着く。

と同時に、再び浮遊魔法を発動した。


 ったく、この体は本当に不便だな。

魔法でサポートしないと、その場に留まることすら出来ないんだから。

まあ、こうして地下牢に楽々侵入出来たのは有り難いが。


 『誰にも気づかれていないし』と考えつつ、俺は歩を進める。

────ベアトリスの元家庭教師マーフィーに会いに行くため。


 ただの平民で大した後ろ盾もないから、報復の恐れはないと思うが……念には念を入れておくべきだろう。

何より────ガキに手を上げるような奴は、気に食わねぇ……。


 眉間に皺を寄せる俺は牢屋を一つ一つ確認しながら、前へ進む。

途中何度か騎士とすれ違ったものの、気づかれることなく目的の人物に会えた。

手足を縛られ憔悴し切っている様子のマーフィーに、俺は冷めた目を向ける。


 公爵様や騎士達にこってり絞られたのか、かなりボロボロだな。

ここまでキツくお灸を据えたってことは、もう二度とここから出す気がないのだろう。

だって、もし釈放する気があるなら多少なりとも身なりに気を使う筈だから。


「なら、俺の出番はなさそうかも」


 ここで一生管理してもらえるなら特に問題はないため、踵を返そうか迷う。

『本当は心神喪失状態に追い込もうとしていたんだけどなぁ』と肩を竦め、腰に手を当てた。

────と、ここでマーフィーがブツブツと何か呟く。


 なんだ?上手く聞き取れなかったな。


 何の気なしに身を屈め、俺はマーフィーの口元に耳を寄せた。

すると、


「あの卑しい者のせいで……あの卑しい者のせいで……あの卑しい者のせいで……あの卑しい者のせいで……あの卑しい者のせいで……」


 と、逆恨みするマーフィーの声が聞こえた。

あまりにも理不尽な……狂っているとしか思えない言い分を振り翳す彼女に、俺は怒りを覚える。

『こうなったのは、お前のせいだろ』と毒づきながら。


「やっぱ、こいつにはもっと痛い目を見せるべきだな」


 『今のままじゃ、全然足りない』と吐き捨て、俺はおもむろに手を翳した。

感情に流されるまま魔法を行使し、まず周囲に結界を張る。

と言っても、攻撃や侵入を防ぐものではなくただ音を遮断するだけ。

『騒がれたら、面倒だからな』と思いつつ、俺は両腕を組んだ。

自分に課せられた制限・・を考えながら、どのように痛めつけるか決める。


「物理は公爵様に任せて────俺は精神をすり減らすとするか」


 そう言うが早いか、俺は魔法で風を作り出した。

ヒューヒューと笛のような音を響かせ、少しばかり出力を絞る。

『もっと人間の声に近い音階へ……』と試行錯誤する中、


「ひっ……!?何!?」


 と、マーフィーが身を強ばらせた。

キョロキョロと辺りを見回し、震え上がる彼女は両腕を強く握り締める。


 よしよし、いい感じに怖がっているな。


 しめしめと頬を緩め、俺は更に風を操った。

そして、ようやく────


『己の……非を……認め……られぬ……愚か者、よ……死を……もって……償え……』


 ────と、人間の言葉を発することが出来る。

声色が無機質になってしまったため、人間味はないものの……それが逆に恐怖心を駆り立てたらしく、マーフィーは頭を抱えて蹲った。


「嗚呼……!違うんです、神様……!私は……!」


 いい感じに声の主を勘違いし、マーフィーは一心不乱に首を横に振る。


「申し訳ございません……!申し訳ございません……!申し訳ございません……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る