自己紹介①

◇◆◇◆


 なんだろう?凄く温かい……それにフカフカ。


 いつもと違う温度と感触に誘われ、私はフッと目を覚ます。

寝起きでぼんやりする視界の中、のそのそと起き上がり────一気に覚醒した。

だって、ここは私の部屋じゃないから。


「こ、ここはどこなの……!?」


 見るからに上等と分かるシーツと枕を眺め、私は困惑する。

────と、ここで黒髪の男性が壁を通り抜けてきた。


「ここは公爵様の寝室」


「えっ?何で……?」


「知らね。お前の部屋を見るなり、血相を変えてここに来たからさ」


 『なんか気に食わなかったんじゃね?』と言い、彼は頭の後ろで腕を組んだ。

かと思えば、ズイッと顔を近づけてくる。


「おっし、顔色は良さそうだな。目はパンパンに腫れているけど」


「そ、それは言わないでよ……」


 慌てて自身の目元を手で隠し、私は少しばかり仰け反る。

幽霊みたいな存在とはいえ、異性の顔が直ぐそこにあるのは落ち着かないから。

『これでも、一応中身は十八歳なのよ……』と辟易しつつ、姿勢を正す。

と同時に、黒髪の男性を真っ直ぐ見据えた。


「あの、昨日のことなんだけど……本当にありがとう。貴方のおかげで勇気を出せたし、自分の間違いに気づけた」


 親不孝だと罵られるのは精神的に辛かったが、きっとあそこまで言われなければ私は変われなかった。

だから、彼の叱咤激励も全て受け止める。前へ進むために。

『もう生きていることを嘆かない』と胸に決め、私は唇に力を込める。


「逆行出来て、本当に良かった。お父様からの愛情を知らぬまま死んでいたのかと思うと、悲しくてしょうがないもの」


 そっと胸元に手を添え、私は柔らかく微笑んだ。

と同時に、少しだけ身を乗り出す。


「まだ世界の滅亡とか、お父様の暴走とかはよく分からないけど……私、生きたいわ。それで幸せになりたい。だから、その……」


 微かに頬を紅潮させながら俯き、私はギュッとスカートを握り締める。

『ちゃんと自分の口で言わなきゃ』と考えながら視線を上げ、真っ直ぐに前を見据えた。


「まだ昨日の発言が有効なら────手伝ってほしい、生きるのを。自分で言うのもなんだけど、私ノロマで要領悪くて引っ込み思案だから……貴方のような人が一緒に居てくれると、安心だわ」


 また早合点して大切な人を悲しませてしまう可能性があるため、私は素直に助けを乞うた。

『さすがにちょっと虫が良すぎるかしら?』と不安を覚える私の前で、彼は────


「オーケー、オーケー!全部任せろ!俺はそのためにここまで来たんだからな!」


 ────と、明るく笑う。

迷惑なんて微塵も思っていない様子で、顎を反らした。

かと思えば、親指で自身のことを示す。


「てことで、まずは自己紹介!俺は────超天才魔導師のルカ!」


「わ、私はバレンシュタイン公爵家の一人娘ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン」


 反射的に自分も名乗ると、黒髪の男性────改めルカは満足そうに頷いた。


「ん。じゃあ、これからよろしくな!」


「ええ、こちらこそ」


 ふわりと柔らかい笑みを零し、私は小さく頭を下げた。

本当は握手を交わしたいところなのだが……彼には触れられないから。

『でも、何故か魔法は使えるのよね』と疑問に思う中、ルカはスッと真剣な顔つきに変わる。

闇より黒く夜より暗い瞳に強い意志を宿し、じっとこちらを見つめた。


「じゃあ、さ……その……怖いかもしれないけど」


 こちらの反応を窺いながら言い淀み、ルカは口元に手を当てる。

余程、言いづらいことなのだろう。

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