後悔《リエート side》①

◇◆◇◆


 すっかり深い眠りに落ちてしまった愛娘を抱き上げ、私は彼女の自室へ向かう。

さすがにソファで寝かせるのは忍びなくて。

『ちゃんとしたベッドで寝かせなくては』と思いつつ、人の気配が全くない廊下を進んだ。


 屋敷の者達は取り調べのため、ホールに集めている。

時期に我が娘を虐げた者達が、判明することだろう。


「ベアトリスには、要らぬ苦労を掛けてしまったな……本来であれば、ここで楽しく過ごせる筈だったのに。愚か者共のせいで、こんな……」


 泣きじゃくっていた娘の姿を思い出し、私は胸を痛める。

と同時に、大きく息を吐いた。


「でも、一番の愚か者は────そんな奴らに踊らされた、私だな」


 自嘲気味に吐き捨て、私はベアトリスの寝顔を見つめた。


 どうして、私はあのときベアトリスを遠さげる選択肢を取ったのだろう?

何故、『私のことを怖がっている』と決めつけたんだ……本人にそう言われた訳じゃないのに。


 私を見て怯えるようになった五年前のベアトリスを思い出し、そっと眉尻を下げる。

最初は二歳になって自我や本能が芽生え始め、私のことを避けているのかと考えていた。

でも、真相は全く違って……使用人達から心ない言葉を投げ掛けられ、怯えていただけ────私に幻滅されないように。


「別に特別なことをしなくても、私はただベアトリスが幸せになってくれればそれでいいのに」


 『立派な人間になってほしい』とか、『偉業を成し遂げてほしい』とか、そんなことは微塵も考えてなかった。

何よりも重要なのは、娘の生存と幸せ。

そのためなら、何を犠牲にしたっていい。


 英雄にあるまじき思想を掲げ、私はスッと目を細めた。

安心し切って私に身を委ねてくる娘を眺め、『同じ轍は踏まない』と強く誓う。


「これからはもっと言葉やスキンシップを交わして、付け入る隙を与えないようにしなければ」


 『手始めに食事を一緒に取るようにするか』と考えながら、私は不意に足を止めた。

数年ぶりに見る白い扉を前に、私は風魔法を発動する。

そして、音を立てないよう慎重に扉を開けた。

と同時に、絶句する。

だって、月明かりに照らされた部屋は────到底、貴族令嬢の使うようなものじゃなかったから。


 一見、普通の部屋に見えるが……公爵令嬢の部屋と考えると、実に質素だ。

それに掃除も隅々まで行き届いているとは、言い難い……よく見れば、埃が溜まっている。


 棚の上や部屋の隅をじっくり観察し、私は『舐めた真似を……』と吐き捨てる。

未だ嘗て、これほど腹を立てたことはない。

必要最低限のものしかない室内を一瞥し、私は直ぐさま踵を返した。

娘にこんな部屋を使わせたくなくて……。


 今日は一旦、客室に寝かせるか?いや、それだと他人扱いみたいで嫌だな。

せっかく誤解も解けて心を通わせられたのだから、『私達は家族なんだ』と言葉や態度で示したい。


「……私の寝室に連れていくか」

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