すれ違いの結末③

「そう、だな……優先すべきはベアトリスのケアだ。こんなやつに構っている暇はない」


 納得したように頷き、父はパチンッと指を鳴らす。

その瞬間、どこからともなく騎士達が現れ、マーフィー先生を連行していった。

ついでに壁の穴も応急処置程度だが、一応塞いでくれている。

『な、なんという手際の良さ……』と感心する中、父は私の手を優しく握った。


「ここでは、なんだ。執務室で話そう。歩けるか?」


「は、はい……大丈夫です」


 正直色んなことがありすぎて、腰を抜かしそうになるものの……私は何とか自分の足で立つ。

そして、父に連れられるままこの場を後にし、執務室へ足を運んだ。

バレンシュタイン公爵家の旗や紋章で飾られた室内を見回し、私は一先ず来客用のソファへ腰掛ける。

すると、父も向かい側へ腰を下ろした。


「まず、先に誤解を解いておきたい。私はベアトリスのことを、妻の腹を食い破って出てきた卑しい子だなんて思っていない。今までも、これからも愛おしい一人娘で妻の忘れ形見だ」


 早口で捲し立てるように述べ、父は『どうか、あの女の言うことを真に受けないでほしい』と主張する。

少し不安そうに眉尻を下げながら。


「本当に心の底から、愛している。目に入れても痛くないくらいに」


 懇願にも似た声色で言い募り、父はじっとこちらを見つめた。

『信じてくれ』と言葉や態度で訴え掛けてくる彼を前に、私は────肩から力を抜く。

今までずっと、何かに追われるように……急き立てられるように生きてきたからか、本当の意味で安心出来る場所を見つけてホッとしてしまった。

もう一人じゃないんだ、と……気を張っている必要はないんだ、と悟り涙腺が緩む。


「ベアトリス……!」


 勢いよく席を立ち、父はなんだか焦った様子で駆け寄ってきた。

かと思えば、床に膝をつく。


「嗚呼……泣かせてしまって、すまない」


 見ているこっちが辛くなるほど顔を歪め、父はそっと私の目元を拭った。

────と、ここでようやく私は泣いていることを自覚する。


「お、お父様これは違くて……その、嬉し泣きです。ずっとお父様に恨まれていると思っていたから……」


 『本当の気持ちを聞けて良かった』と言い、私は表情を和らげた。

すると、父はどこか複雑な表情を浮かべる。


「もっと話す機会を作っておくべきだった……そしたら、こんなすれ違いは起きなかった筈だ」


 少なからず責任を感じているのか、父は『すまない』と何度も謝った。

立ち膝の状態で、私のことを抱き締めながら。


 ────そして、私達はこれまで離れていた年月を取り戻すかのように、ひたすらずっと一緒に居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る