すれ違いの結末①

「────ここで全部ぶち撒けちまえ!あの女にやられたこと、言われたこと、嫌だったこと一つ残らず!」


 力強い口調で対話を勧める男性に、私は目を見開いた。


 お父様に全部話す……?それで何か変わるの?

マーフィー先生にもっと怒られるだけじゃない?

それどころか、お父様にもっと“幻滅”される可能性だって……。


 マーフィー先生の口癖がまるで呪いのように付き纏い、私を苦しめる。

だから、どうしても勇気が出なかった。


「ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン!」


 黒髪の男性は突然フルネームで私を呼び、顔を覗き込んでくる。


「お前はいつまで────親不孝を続けるつもりだ!?」


「!?」


「お前の現状を明かさないこと、気持ちがすれ違っていること、自分の殻に閉じこもること……これら全ては公爵様の望んでいることじゃない!」


 真剣な声色で言い切り、黒髪の男性は目を吊り上げた。


「お前は『公爵様に愛されていない』と頑なに信じ込んでいる様子だが、現状を見てもそう言い切れるのか!?だって、公爵様はお前の書斎で騒ぎが起きたと聞いて、駆けつけてきたんだぞ!?しかも、お前に危害を加えようとしたあの女に怒っている!これだけの愛情を示してもらって、まだ尻込みしているのか!?」


 マーフィー先生と話し込んでいる父を指さし、彼は『卑屈になるのもいい加減にしろよ!』と怒鳴る。

今までこんな風に……私のためを思って叱られたことはないため、少し驚いてしまった。


 言われてみれば、そうだ……安全確認や現場の調査など騎士に任せればいいのに、お父様は駆けつけてくれた。

公爵の仕事で忙しい中……。

それに私を虐げるマーフィー先生を褒めるのではなく、怒ってくれた。


 いつも淡々としているのに今だけ声を荒らげている父に、私は微かな希望を抱く。


 もし……もし、本当にお父様が私を愛してくれているのなら、少しだけ縋ってみてもいいだろうか。

『苦しい』と弱音を吐いても、いいだろうか。

『助けて』と泣き叫んでも、いいだろうか。


 クシャリと顔を歪める私は、震えながらも手を伸ばした。


「お、お父様……私────」


 嗚咽を漏らしながら父の袖を引き、私はキュッと唇に力を入れる。

視界の端に焦ったような表情を浮かべるマーフィー先生の姿が映ったが……不思議と気にならなかった。

私は別に彼女を責めたい訳じゃなくて、ただ確かめたかっただけだから。父の気持ちを。


「────私、生まれてきて良かったですか……?」


「それは……どういう意味だ?」


 どことなく表情を強ばらせ、父は強く手を握り締める。

何かを堪えるような仕草を見せる彼の傍で、マーフィー先生が血相を変えた。


「べ、ベアトリスお嬢様!お待ちください!それは……」


「────貴様は黙っていろ」


 地の底に響くような低い声で、父はマーフィー先生を威嚇した。

と同時に、先生は口を噤む。

カタカタと震えながら蹲り、こちらに縋るような目を向けた。

────でも、私は止まらない。


「マーフィー先生や専属侍女のバネッサから、私は毎日……毎日、『お嬢様は奥様の腹を食い破って出てきた、卑しい子』だと言われてきました。それでお父様は私のことを恨んでいる、と。だから、一日も早く立派な淑女になってお父様にこれ以上幻滅されないように……」


 『幻滅されないようにしないといけない』と続ける筈だった言葉は────壁の破壊音によって、掻き消された。

パラパラと床に散らばる破片を他所に、父は繰り出した拳をゆっくりと下げる。

壁に風穴を開けたというのに、手には擦り傷一つなかった。


「……なん、だと?」


 半ば呆然とした様子で呟き、父は眉と口角を動かす。

いや、引き攣らせると言った方がいいかもしれない。


「ベアトリスが妻の腹を食い破って出てきた、卑しい子だと?戯言は程々にしろ」

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