逆行②
◇◆◇◆
「……さ……して……」
ぼんやりとする意識を遮るように、聞き覚えのある声が耳に届く。
でも、上手く聞き取れなくて黙っていると……
「ベアトリスお嬢様!聞いていらっしゃいますか!」
と、耳元で怒鳴られた。
『ひゃっ……!?』と変な声を出す私は、耳を押さえて飛び上がる。
と同時に、声の主へ視線を向けた。
「ま、マーフィー先生……?どうして、ここに……?」
幼い頃、私の家庭教師をしていた茶髪の女性が目に入り、動揺を示す。
だって、彼女はここを去った後すぐに────亡くなったから。
つまり、本来存在しない人物ということ。
えっ?どういうこと?死後の世界だから、マーフィー先生も居るの?
でも、それにしては随分と若々しい……部屋だって、昔のままだし。
キョロキョロと辺りを見回し、私は幼い頃使っていた書斎だと気づく。
『まるで、過去に戻ってきたみたいだわ……』と困惑する中、マーフィー先生は細い棒のようなもので机を叩いた。
「何をそんなに驚かれているのか分かりませんが、授業に集中してください────公爵様にこれ以上、幻滅されてもいいのですか?」
物心ついた時から繰り返し言われてきた言葉を口にし、マーフィー先生は顔を覗き込んできた。
海のように真っ青な瞳は、ゾッとするほど冷たくて……ビクッと肩を震わせる。
「奥様の
私を出産したせいで亡くなった母の話を持ち出し、マーフィー先生はカチャリと眼鏡を押し上げた。
「いいですか?貴方はこれから先ずっと奥様と公爵様に懺悔し、生きていくのです。幸せになろうなどと、思わないように」
────という宣言のもと、私はみっちり躾られた。
まるで、家畜のように叩かれながら……。
母親の腹を食い破る野蛮な子供に言葉は通じないから、と。
今日は一段と酷かったな……でも、おかげで────
「────夢や幻じゃないと確信出来たわ」
自室の姿見で自分の容姿を確認し、私は一つ息を吐く。
誰も居ない室内を見回し、胸辺りまである銀髪に軽く触れた。
どういう理屈か分からないけど────私は過去に戻ったみたい。
所謂、死に戻りというやつかしら。
「ジェラルドに裏切られた今、私に生きる意味なんてないのに……」
唯一の希望であり幸福であり最愛だった存在を思い浮かべ、私はそっと眉尻を下げる。
鏡に映る自分はとても情けない
いっそ、全部投げ出したい衝動に駆られるものの……小心者の自分では、逃亡も自殺も出来ない。
一人になるのも、もう一度死を体験するのも怖くてしょうがないから。
「結局、ずっと耐えるしかないのかな……」
「────何でだよ?お前には、超頼もしいパパが居るじゃん」
「!?」
突然見知らぬ男性の声を耳にし、私は慌てて後ろを振り返った。
すると、そこには────若干透けている男性が……。
歳は十八歳くらいだろうか。
男性にしては細身だが、まだ七歳の私から見れば凄く大きい。
「だ、誰……!?どうして、ここに居るの……!?」
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