7話 瘴気の森の骸骨さん(死神)
エレノアはパンパンとローブの汚れを払った。
「アルト様」
そして俺の方を見て、ニッコリと微笑む。
なんで笑ったんだ?
「無理ですぅぅぅ! わたくしではそこのリッチ・ロードに手も足も出ません!!」
エレノアは急に半泣きになって、リッチ・ロードを指さした。
リッチ・ロードって長いから、以降はロードと呼称しよう。
「諦めるの早いなおい! 爆速じゃねぇか!」
俺はとりあえず突っ込みを入れた。
一発叩かれたぐらいで簡単に諦めるなよ。
リッチより強いって言っても、別に魔王とか勇者ってわけじゃねぇんだから。
「貴様がアルトか……」
骸骨が低くて少し掠れた声で言った。
「ん? ああ、俺がアルトだ」
「良かろう……貴様のような凶悪な存在は、自分が最強であると証明しなければ気が済まないのであろう……」
ロードがゆっくりと立ち上がる。
てゆーか、何を言っているのかサッパリ分からないのだが?
俺が凶悪?
最強の証明?
「えっと、俺のこと知ってんのか?」
てっきり、エレノアが俺の名を呼んだから、ロードは誰がアルトか確認したのだと思ったのだけど。
クハハ、とロードが笑う。
「貴様を知らぬアンデッドなど……存在せんだろう。ワシを知らないアンデッドが存在しないのと同じように……な」
キリッとした雰囲気で、ロードが俺を見る。
いや、俺はお前を知らないけれど?
たぶんエレノアも知らないぞ?
「お前は有名なのか?」と俺。
「……貴様と同じ程度には、な」とロード。
無名じゃねぇか!!
ああ、最近は魔王軍四天王だとか、大聖者だとかで、少し有名になったけども!
「まぁなんだ、お前のってか、お前の軍団の討伐依頼が出てんだ」俺が気さくに言う。「で、相談なんだけど、俺は平和主義者だから、殺し合う気はねぇんだ」
そう、俺はアンデッドたちを討伐するつもりはない。
エレノアが勝ったらそのまま『絶滅の旅団』に組み込んでしまおうと考えていた。
……エレノアが負けてしまったので、話し合いで組み込もうと方向転換したのだ。
リクは体調が悪そうだから、無理に経験値を積む必要はあるまい。
「平和主義者……だと? ワシを揶揄しているのか?」
「ん? いや、平和主義者なのは俺だ」俺は自分の胸を親指で示しながら言った。「だからお前たちには、魔王軍の俺の旅団に入って欲しいんだ」
そうすれば討伐することなく、依頼がクリアできる。
要するに、ここにいるアンデッドたちが暴れなければいいわけで。
「……ワシに、貴様の部下になれだと?」
「違う違う、旅団はエレノアが運営してるから、エレノアの部下だな」
俺はエレノアをチラッと見た。
エレノアは「わたくしの方が弱いのですが……」と引きつった表情で言った。
「このワシに……小娘の部下になれと!? 貴様! ワシを愚弄しておるのか!?」
ロードが大きな声で言った。
しまった、魔王軍って実力主義だから、ロードの方が旅団長になるのか!
「領主様、僕お腹痛いから少し下がってていいですか?」とリク。
「ああ、大丈夫か?」
「大丈夫ではないです」
リクはニコニコと笑いつつ、後方に下がる。
「分かるぞ。我もさっきから胃が痛い」
ディアナもリクと一緒に下がった。
ここは特に瘴気が濃いので、体調不良も仕方ない。
「グリムリーパーですよね?」とリク。
「ああ、アルト様には勝算があるのだろうか?」とディアナ。
「領主様なら大丈夫ですよ。心配なのは僕たちです」
何を言ってんだろうな?
グリムリーパー?
そんなのがいたら、アンデッドの俺に分からないはずがない。
そして分かった瞬間にガクガク震えて平伏して命乞いしてるって。
ロードが鎌を持ってるから勘違いしたのか?
瘴気のせいで冷静な判断ができていないのかも。
「わたくしもブラピと少し離れますね」
エレノアがブラピを盾にして後退。
ビビりすぎだろ。
「えっと、どこまで話したっけか?」
俺は律儀に待ってくれていたロードに問いかけた。
「貴様の旅団に入れ……と」ロードが俺の質問に答える。「だが拒否する」
「じゃあ四天王は? お前そこそこ強いっぽいし、いけるんじゃね?」
そして俺は引退して、悠々自適な生活を送るのだ。
って、今でも十分、悠々自適に生活してたわ俺。
「そ、そこそこだと?」ロードが怒った風に言う。「もしワシに表情筋があったら、怒りを顔で表現できたのだが……。ついでに血管があったらブチ切れているところだ」
なくて良かったなおい。
てか、なんでこいつこんなに気難しいんだよ。
魔王軍四天王って、かなり地位高いと思うんだけどな。
「挑発に次ぐ挑発……」ロードが言う。「いいだろう。乗ってやろうではないか! 貴様がワシに勝ったならば! 貴様の旅団で小娘の部下でも何でもやってやる! だが貴様が負けたら、貴様は死ね!」
言い終わったあと、ロードがパッと消えて、俺の目の前に出現。
同時に鎌を振り下ろす。
俺は身体を霧に変えて回避。
「なんでそうなるんだよぉぉぉ!」
戦いたくないから、話し合ってたのにぃぃ!
いや、種族的にはたぶん俺の方が強いと思うけども!
平和主義者だって言ったよね!?
ロードが俺に向けて【魔力砲】を放つ。
俺はそれを上空へと弾く。
あの時、うちのリッチが発動させた呪いの【魔力砲】と同じぐらいの威力だ。
うん、やっぱり大したことないな。
ロードがまた消えて、俺の背後に出現。
鎌を振るが、俺はスルッと躱す。
勝とうと思えばすぐ勝てそうだな。
でも怒ってるし、しばらくはストレス発散に付き合ってやるか。
ロードが鎌をメチャクチャに振ってくるが、俺はそれを全部回避した。
◇
「これ世界大丈夫?」
リクが言った。
アルトとグリムリーパーの戦闘の余波で、大地や空が裂けている。
リクは【シールド】を展開した上、双剣を抜いて構えている。
「むしろわたくしたちの心配をすべきだリク」
エレノアも【シールド】を張って、星降りの剣を構えている。
リクもエレノアも、【シールド】を貫通するような余波を剣で斬ろうと思っているだけで、戦闘に参加するために構えているわけではない。
ディアナはブラピの【シールド】に隠れて、「冒険者辞めようかな」と呟いていた。
「領主様は躱してばかりで反撃しないけど……できない?」
「まさか。アルト様がリッチ・ロード如きに負けるはずがあるまい」
「ノア……まだ気付いてないの?」
リクが呆れた風に言った。
「どういう意味だ?」
「あれはリッチ・ロードではない!」ディアナが悲鳴みたいに言う。「あれはグリムリーパーだ!」
エレノアはしばらく沈黙した。
そして。
「わたくしよく生きてたなぁ! アルト様に会う前のわたくしなら、普通に死んでたんじゃないかな!」
エレノアは今頃になって、恐怖でガクガクと膝が震え始めた。
「リッチ・ロードにしては強いなぁって思っていたのだわたくしも!」
攻撃しようと突っ込んだ時、軽く払ってくれて助かった、とエレノアは思った。
「さすがの領主様でも、神が相手では……」
「だが、だが、アルト様はかのケイオスさえ倒したのだ!」とエレノア。
「ケイオスは恐ろしいドラゴンだが、神竜の領域には達していないはずだ」
ディアナが言って、エレノアとリクが息を呑んだ。
アルトとグリムリーパーは戦闘を続けている。
基本的には、グリムリーパーが攻撃して、アルトが躱すか防御している。
「そうだ!」エレノアが言う。「アルト様には神刀、羽々斬がある! あの刀なら神でも斬れるはず!」
しかしアルトは羽々斬を呼ばなかった。
代わりに、大きな鎌を異次元ポケットから取り出す。
「なんかまた新しい武器出たぁぁ!」エレノアが叫ぶ。「きっとまた伝説の鎌なんだろうなぁ!」
かなり大きな声だったのでアルトにも聞こえた。
「エレノア、これは農耕用の鎌だ!」とアルト。
「なんで今、農耕用の鎌を出したんですかぁぁぁ!」
エレノアが再び叫んだ。
「自称、農耕の神クロノスおじさんの鎌で、よく刈れるから武器としても使えるらしいぞ」アルトはグリムリーパーと鎌で打ち合っていた。「まぁ、クロノスおじさんのことは俺も伝聞でしか知らねぇから、実在したかどうかも怪しいけど」
それを見て、(ああ、鎌対決したかったんですね)とエレノアは納得した。
「待て待て!」ディアナが言う。「クロノスの鎌だと!? 本物なら神話の武器だぞ!?」
(やっぱり神話の武器じゃないですかアルト様……)
エレノアは苦笑いを浮かべた。
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