8話 平和な日々に戻ろう


 クロノスおじさんの鎌は、アダマンタイトで作られている。

 そう、あのとにかく固い金属だ。

 農耕用の鎌なので、大きいけど見た目は非常にシンプル。

 シンプルイズベストという言葉もあるけど、俺はもう少しカッコいい方が好み。


「くっ……これほど強いとは……」


 ロードが少し距離と取って、苦虫を噛み潰したような雰囲気で言った。

 正直なところ、ヴァンパイアはアンデッドの中でもトップクラスに強い。

 リッチ・ロードには負けないだろう。

 ヴァンパイアに確実に勝ちたいなら、それこそグリムリーパーでも連れて来ないとな。


「だが! ワシは負けぬ!」


 ロードが鎌を構えると、鎌が緑っぽく輝いた。

 派手だな。

 クソ、俺の鎌にはそんな機能はないっ!

 だが!


「鎌が光ってカッコいいつもりだろうけど」俺が言う。「俺の鎌には【腰痛防止】が付与されてんだぞ!」


 農耕はとっても大変なのだ。


「……ん?」


 ロードがカコンと首を傾げた。


「更に! 【体力増進】に【素早さアップ】、【熱中症防止】が付与されていて、本当に実用的なんだ!」

「……ああ、【熱中症防止】は……ヴァンパイアには大事だな……」


 ロードってきっと、根はいい奴なんだろうな。

 話しかけたら攻撃を止めて、普通に話してくれるあたり。


「で、お前の鎌は光るだけか?」

「貴様……ワシの『デスサイズ』を愚弄する気かっ! 付与魔法など数が多ければいいというモノでもないわ!」


 ロードの鎌の光が強くなる。

 ちょっと、お前アンデッドのくせに、そんな光るなって!

 普通に眩しい、眩しいから!



「くっ、これは【死の閃光】!?」


 リクが慌てた様子で言った。


「なんだそれは!」とエレノア。


「グリムリーパーの鎌が持つ、究極の魔法だよ」リクが言う。「強く照らされたら、それだけで死に至る……たとえアンデッドでも」


「そんな! アルト様!」


 エレノアがアルトを見ると、どこから出したのか(もちろん異次元ポケットからだが)アルトはサングラスをかけていた。

 あ、眩しかったんですね、とエレノアは思った。

 ついでに、アルト様がサングラスをかけたら、人相が悪すぎて怖いんですけども!?



 いやー、しかし光るなぁ。

 俺が子供ヴァンパイアだったら灰になりそうなぐらい、強烈な光だ。

 持ってて良かったサングラス。

 てゆーか、本当に光るだけなんだなぁ。

 あれか、敵の目を眩ませて、その隙に攻撃する感じか?

 俺がサングラスを持っていて残念だったな。


「バカな! なんともないのか貴様!?」


 ロードが驚いた風に言う。

 おいおい、俺の顔をよく見ろって。

 サングラスしてんだろ?


「くっ……」


 ロードが苦々しい雰囲気で一歩後退した。

 同時に、目映い緑の光も消えた。

 俺はサングラスを外し、異次元ポケットに仕舞う。

 さて、そろそろ終わらせるか。

 俺はサッとロードの前に移動し、クロノスおじさんの鎌をロードの首の骨に当てる。


「認めよう……貴様が最強だ……」

「あ、うん……」


 俺は曖昧に頷いた。

 こいつあれか、森に引きこもっていたせいで、自分が最強だと勘違いしちゃった系?

 世の中には魔王とか勇者とか、もっと強い奴らがいるってのに。


「約束通り、ワシは今日から魔王軍に入ろう」

「お? そりゃ助かる」


 俺はクロノスおじさんの鎌を異次元ポケットに仕舞う。


「エレノア、ちょっとこい」


 俺が呼ぶと、エレノアがおっかなビックリ寄ってくる。


「今日から彼はお前の部下だ」

「ええええええ!?」


 エレノアは酷く驚いて後ずさった。


「ついでにここにいるアンデッドたちも、希望者は魔王軍に入れる方向にしたいんだが」


 俺が言うと、ロードが「よかろう」と頷く。


「で、魔王軍に入らない連中は、悪いんだけど別の場所に移ってもらえるか?」


「それも言う通りにしよう」とロード。


 急にしおらしくなったなロード。

 自分が森の大将だったと気付いて落胆しているのかも。


「よし、じゃあ依頼は完了だな。ギルドに戻ろうぜ」


 俺が言うと、ディアナがソッと俺に近寄って言う。


「ところで気になっていたのだが、魔王軍に入れるとは?」


 あ、そうか、ディアナは俺が魔王軍四天王って知らないのか!

 あれ? 待てよ。

 リクも知らないのか?

 俺言ったっけ?

 やべぇ覚えてねぇや。


 でもニナから聞いてる?

 リクを見ると、リクはニコッと微笑んだ。

 可愛い。

 って、そうじゃねぇ。

 リクは大丈夫そうだな。


「魔王軍については、あとで説明する」


 人類の勘違いをそのまま話せばいいだろう。

 魔王軍に潜入している大聖者って。



 後日。

 魔王軍『絶滅の旅団』訓練場。


「そ、そんなわけで、新たに仲間に加わったグリムリーパーさんだ」


 エレノアがグリムリーパーを団員たちに紹介。

 その時に、どんな経緯で仲間になったのかも詳しく説明した。

 エレノアとグリムリーパーの前には、旅団員たちが整列している。

 エレノアから見て右手側の端っこに、新たに瘴気の森から連れて来たアンデッドたちも並んでいる。


「グリムリーパーって……」「え? 神?」

「それ魔王様より強くね?」「エレノア様がさん付けで呼んでる……」

「てか、神ってみんな死んだんじゃ?」「新たに生まれた神ってこと?」


 団員たちがザワつく。

 副団長のリッチは(なんでそんな、とんでもない奴を連れて来ちゃったのエレノア様! いや、アルト様! てゆーか下級神より強いってアルト様、どうなってんのアナタ!)と心の中で複雑な思いをぶちまけていた。


「グリムリーパーさんは、うちのリッチと一緒に副旅団長をやってもらう」エレノアが言う。「みな、失礼のないように……いや本当に」


「よろしく頼む」


 グリムリーパーは淡々とした様子で言ったが、心の中は少し違っていた。


(グリムリーパーは種族名であって、ワシにも固有の名前があるのだが……言い出しづらい……)



「はぁ……領主様帰っちゃった……」


 冒険者ギルドのテーブルに突っ伏したリクが言った。

 ギルド内はいつも通り、冒険者たちが雑談したり、依頼を探したりしている。


「仕方あるまい、アルト様は忙しいのだから」


 リクの対面に座ったディアナが肩を竦めた。

 ディアナはすでに、アルトが大聖者と呼ばれる者だと知っている。

 人類のため、神殿のために、娘のエレノアとともに魔王軍に潜入していることも。


「はぁ……次に会えるのは神殿に報酬を貰いに行く時ですね。3年後ぐらいかな……」

「時間感覚おかしくない!?」


 アルトが万年を生きるヴァンパイアだということを、ディアナは知らないままだった。


「領主様はずっと昔からそんな時間感覚ですよ」リクが溜息混じりに言う。「うちの村じゃ、領主様が『また今度』って言ったら数年後を視野に入れます」


「今度が遠いっ!」


「ま、嘆いても仕方ないので」リクがムクッと身体を起こした。「僕はさっさとSSランクを目指しましょうかねぇ」


「そんな簡単じゃないぞ」ディアナが言う。「グリムリーパーの件を話せば、下級神と戦って生き残ったという功績が……」


「言ったって誰も信じませんって」


 リクがやれやれと首を振る。

 リクたちはギルドに報告する時、グリムリーパーの存在は伏せた。

 理由は今、リクが言った通り。


「それはまぁ……そうだな……」

「その件は話し合ったでしょう? 領主様が『こいつは自分をグリムリーパーだと勘違いした森の大将リッチ・ロードだ』って言ったんですから、そのように処理しろってことですよ」

「ああ。分かってる。アルト様のことだから、何か深い考えがあるんだろう」

「当然です」


 何も考えていないどころか、アルトは本当にリッチ・ロードだと思っているのだが。



 俺は安楽椅子でユラユラしながら、ワインを飲んでいた。

 隣ではブラピが寝ている。

 正確には、ブラピの2つの首が寝ていて、1つは起きているのだけど。


「いやぁ、たまには冒険も悪くねぇよな」


 俺、何もしてねぇけどな!

 ずっとリクたちを見守っていただけだ。

 ロードの時だけ、仕方なく戦ったけど。

 あれもリクとディアナの体調が良ければ、別に俺が何かする必要はなかったはずだ。

 たぶん。

 俺はワインをサイドテーブルに置いて、軽く背伸び。


「リクはしっかりしてるし、俺がいなくても大丈夫だろ」


 荒っぽい冒険者たちも、可愛いリクを虐めたりはしないみたいだった。

 むしろリクには親切に振る舞っていた。

 ディアナもいるし、保護者としての俺はもう必要ない。

 それに、エレノアは今後も冒険者として活動する予定だから、リクの様子はエレノアを通して知ることができる。


「平和だなぁ。やることは何もないし、このままノンビリ……」


 そう思った時、俺は神殿に呼ばれていることを思い出した。

 アンデッド集団を倒した報酬を、神殿が直接支払うという話だった。

 あっぶねぇ!

 マジで忘れてた!

 リクたちと一緒に行く約束だった!

 俺は神殿の報酬とかどうでもいいけど、リクとディアナは純粋な冒険者だからな。

 依頼を成功させた報酬は受け取りたいはずだ。


「……ま、焦らなくても神殿は逃げねぇだろ……」


 そう呟いて、俺は再びワインに手を伸ばした。


――あとがき――

これで「 Short Story 今日から冒険者」編はお仕舞いです。

来週は久しぶりにキャラ紹介をやろうかと思っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る