6話 瘴気の森の陽気なアンデッド


「瘴気が濃すぎる……」


 ディアナが表情を歪めながら言った。

 ここはとある森の中。

 例のアンデッド集団が根城にしている森で、ロクス帝国からはかなり離れた場所にある。

 だから近くまで俺が【ゲート】でみんなを連れて来て、そこからノンビリ歩いて森に到着した。

 ちなみに昨日はギルド近くの宿に泊まったんだけど、ベッドが安物で非常に寝苦しかった。


「わたくしはなんだか、お肌がツヤツヤになってきました!」


 エレノアが両手で自分の頬に触れながら言った。

 まだ昼間だが、森はとっても薄暗い。

 なので、エレノアはフードを被っていない。


「僕はちょっと体調が……」


 リクがフラッと俺に寄りかかる。

 辛そうな表情をしているリクも可愛いなぁ。

 こいつ女に生まれてたら天下取れたと思うぞ。

 いわゆる、傾国の美女的な。


「なるほど、これだけ瘴気が濃いなら、アンデッドの根城にはちょうどいいな」


 実は俺もかなり気分がいい。

 なんなら体調だっていい。

 瘴気が気持ちいいのだ。

 ブラピも魔獣なので、いつもより元気に見える。

 ブラピが心配そうにリクに顔を寄せた。

 人間は瘴気が苦手なんだよな、確か。


「聖職者を連れて来た方がいい」ディアナが言う。「アルト様の友達の友達という聖女を呼んではどうだろうか?」


 え?

 聖職者って瘴気をどうにかできるの?

 いや、そもそも。


「忙しいから無理だ」


 あいつは勇者パーティと対ドラゴンの前線で活動している。


「では別の聖職者を雇って出直した方がいい」ディアナが小さく首を振る。「彼らは【浄化】という魔法で瘴気を消せるはず」


「この澄んだ瘴気を消すだと!?」エレノアがビックリして言う。「そもそも、冒険者のくせにこの程度で根を上げるとは情けない!」


「……なるほど、アルト様とノアちゃんはすでに瘴気を超越済みと……そういうことか」


 パァン、とディアナが自分の頬を叩いた。

 突然どうした!?


「いいだろう。我もこの程度の瘴気、乗り越えてみせよう!」

「ぼ、僕だって、領主様の足手まといには、なりません!」


 リクが俺から離れて、グッと拳を握った。


「まぁ、その、なんだ、無理すんなよ?」と俺。


 正直、エレノアだけ連れてリッチ・ロードを倒しに行ってもいいのだ。


「征くぞ!」


 ディアナが歩き始めたので、俺たちもそれに続く。

 しばらく歩いていると、マミーの男女が大きな木の下で交尾をしていた。


「アルト様! 見てください! マミーが抱き合っていますよ!」


 エレノアが嬉しそうな声で言った。

 いや、抱き合っているというか、子作りだぞあれ。

 すげぇリズミカルに揺れてる。

 数日後にはマミーベイビーが誕生するに違いない。

 ディアナはポカーンと口を開けて、変な表情をしている。

 リクは頬を染めて視線を逸らす。

 コホン、と俺は咳払い。


「可哀想だから見なかったことにして、先に進もう」


 俺が言うと、リクとディアナとブラピは頷いた。

 エレノアは「なぜ可哀想なのですか?」と無邪気に聞いてきた。

 俺は黙ってエレノアの頭を撫でる。

 そして更に進むと、スケルトンたちが陽気にダンスをしていた。

 なんでだよ!

 なんで踊ってんの!?

 近くでレイスが歌を歌って、ゾンビがギターをかき鳴らしている。


「……邪悪で凶悪なアンデッドとは……?」


 ディアナが引きつった表情で言った。


「どうなっているのでしょうか?」とリク。


 俺もサッパリ分からない。

 瘴気が心地いいから、単純にみんな気分がいいだけかもしれないけど。



(あれアルト様だろ! 魔王軍四天王の! あっちの子は旅団長のエレノア様だろ! 魔王軍の友達から色々と聞いてるぞ! 怖いから気付かなかったフリをしよう!)


 マミー男はマミー女を抱き締める。


(アルト様、何しにきたの!? ヴァンパイアから魔神にまで至ったアルト様だよね!? 魔王軍の勧誘!? とにかく怖いからやりすごそう!)


 マミー女はマミー男を受け入れたが、2人ともガタガタと震えてしまう。

 その震えが、なんだか微妙に連動して、妙な動きに変化した。

 遠くから見ると交尾活動に見るのだが、2人はそれどころではなかった。



(ひぃぃぃ! ヴァンパイアだぁぁ! この世界に残っているヴァンパイアと言えば、アルト様とエレノア様だけ! 魔王軍には入りたくないよぉ! やりすごすんだ! やりすごすんだぁ!)


 そう思いながらスケルトンは一心不乱に踊った。

 それに呼応するように、他のスケルトンたちも踊った。


(アルト様って、あのお方とどっちが強いのだろう?)


 自分たちのボスを思い浮かべながら、レイスは歌った。


(俺たちは忙しいです! とっても忙しいので、声をかけないでくださいっ!)


 ゾンビは必死に願いながらギターを演奏した。

 アルトたちはしばらく彼らを見ていたが、特に何を言うでもなく歩き始めた。

 そしてアルトたちが見えなくなった頃、スケルトンたちがその場に崩れ落ちた。

 それはもう、バラバラと骨を崩して。


「「怖かった……」」とスケルトンたちの言葉が重なった。


「あのお方に会いにきたのかなぁ?」とレイス。


「アルト様と言えば、魔王軍最強にしてドラゴンを主食にするほどの戦闘能力を持ち、かのケイオスでさえボコってしまった超ヤバいヴァンパイアだろ?」


 ゾンビがギターをそっと地面に置きつつ言った。


「あのお方と同じぐらいの境地にいる、ってことだよな」


 スケルトンたちは崩れ堕ちた時に骨が混じってしまって、どれが誰の骨か微妙に分からなくて困っていた。


「もしかして、どちらがアンデッド最強なのかをハッキリさせに来たのかも……」


 レイスがブルブルっと震えた。


「そうだとしたら、逃げたほうがいいな」


 スケルトンたちは崩れた骨を組みつつ、「それ俺の大腿骨じゃね?」と一番綺麗な大腿骨を指さしてみんなが主張していた。


「あのお方とアルト様の戦闘とか、森が消し飛ぶんじゃないか?」ゾンビが言う。「なにせあのお方は正真正銘の死神……」


「……しばらく森を離れて、近隣の村でも襲いに行くか……」スケルトンが言った。「でも最近ちょっと襲いすぎて、あのお方に怒られたばかりだしなぁ……」


「あのお方は死神なのに平和主義者だもんね」レイスが言う。「凶悪なアルト様とは正反対」


 アルトが聞いたら卒倒しそうだが、野良のアンデッドたちはアルトを凶悪なヴァンパイアだと思っている。

 なんせ、噂でしかアルトを知らないのだから。


 いわく、ハエの王をハンマーか何かでペチャンコにした。

 いわく、前の勇者たちを散歩のついでにボコった。

 いわく、竜王に「ドラゴンは食材」と言い切った。

 いわく、パンデモニウムから生還した。

 などなど。

 まぁ、魔王軍のアンデッドたちも、アルトに対する評価はそう変わったものでもないが。



 特に瘴気が濃いその場所で、骸骨が倒木に座っていた。

 その骸骨を見た瞬間に、ディアナは身体がブルブルと震えた。


(瘴気が、この骸骨から出ている!? ちょっと待て、こいつ、リッチ・ロードなんかじゃないぞ!?)


 倒木に座っている骸骨は、右手に大きな鎌を持っていて、黒いボロボロのローブを羽織っている。


(まさか、伝説上の存在であるグリムリーパーなのか!? だとしたら全滅するっ!)


 ディアナは冷や汗が止まらなかった。

 それほどに、その骸骨が恐ろしかった。

 骸骨は死そのものを具現化したような悍ましさをまとっている。

 見た瞬間に超越存在だと理解できた。


「おお、こいつがリッチ・ロードか」アルトが気軽に言う。「イラストの通りだな!」


(全然違うぞアルト様!? よく見て!! そいつリッチ・ロードじゃないから!)


 ディアナは心の中だけで突っ込んだ。

 声を出す余裕がないのだ。


「こいつはいい匂いがする。瘴気が出ているからか」エレノアがグリムリーパーを指さす。「まぁでも、やはり弱そうだな! わたくし1人で十分だ! 征くぞ!」


 エレノアは地面を蹴り、グリムリーパーへと向かって行く。

 グリムリーパーはうざいハエを払うように手を動かす。

 その手がエレノアに当たり、エレノアは吹っ飛ばされ、向かって行った時よりも速いスピードで近くの木にぶつかった。

 大きな音を立てて木が折れてしまう。


(あああああ! 死んでしまったぁぁ! 未来の我の娘がぁぁぁ!)


 ディアナがアタフタしていると、エレノアがムクッと立ち上がった。


(生きてるぅぅぅ! ノアちゃんの耐久力、化け物だなぁぁぁぁ!)


 ディアナは恐怖で少し頭がバカになっていた。

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