3話 タコ料理を振る舞おう!
客船の船長は、クラーケンを見ている青年をジッと見詰めた。
その青年は全身黒ずくめで、髪の毛も夜の闇のように黒かった。
パッと見ると恐ろしい顔をしているが、よく見ると整っている。
ペットだと言い張ってケルベロスを連れ込む変わった青年だ。
20年の船乗り生活の中で、ケルベロスを乗船させたのは初めてのこと。
まぁケルベロスは大人しかったし、賄賂に金貨を貰ったので、別にいいけれど。
「大量に金貨を出された時は、目が飛び出るかと思ったが……」
怖すぎて1枚しか受け取れなかった。
ああ、その金貨も海の藻屑かぁ、と船長は悲しくなった。
さて、その大富豪なのか裏社会の人間なのか分からない青年は、どこからか弓矢を取り出した。
その弓は緑色で、矢も同じく緑色だった。
正確には、新芽のような若い緑色。
「領主様、それは?」
黒い青年と一緒にいた赤毛の少女(少なくとも船長には少女に見えた)が言った。
ここで初めて、青年がどこかの領主なのだと船長は理解した。
「ミストルティンって言って、大昔に自称邪神の痛い人がいてさぁ、これで神様を殺したって自慢してたんだ」
なんか、とんでもないこと言ってね? と船長は思った。
「まぁ、そんな強い弓じゃねぇし、嘘っぱちだと思ってるけどな俺は」
そう言って、青年が矢を放った。
その矢は凄まじい魔力をまとって、一直線にクラーケンを目指した。
戦闘や魔法とは縁のない船長ですら、あの矢がまともじゃないと理解できる。
それほど異様な矢だったのだ。
矢はクラーケンの目と目の間をぶち抜いて、そのままどこかに飛んで行った。
と思ったら、矢は宙返りをして青年の元に戻る。
その矢は威力も速度もまったく落ちていない。
あれこれ、この船も貫かれるんじゃ?
船長がそう思った時、青年は軽々と片手で矢を掴んでしまう。
「クラーケンって目と目の間が弱点なんだぜ?」
なぜか少しドヤ顔で青年が言った。
いや、お前、ドヤるところ違うんじゃね? と船長は思った。
お前の持ってるそれ、世界中の弓使いが欲しがるほどの武器だぞ。
「おっと、食材が沈んじまう」
青年は弓矢をどこかに消して、クラーケンの身体を浮遊魔法で持ち上げた。
「今夜の飯は、久々に『茹でダコの薄切り調味料がけ』で決まりだな」
船長はもう開いた口が塞がらなかった。
伝説の弓矢を用いてクラーケンを瞬殺してしまった上、まるで何度も食ったことがあるかのような言い草である。
あなたは魔王か何かですか?
◇
俺は甲板で船員や他の客にもクラーケン料理を振る舞った。
すでに夕方で、空が茜色に染まって綺麗だ。
「うめぇ! マジうめぇ!」と船長。
現在、甲板には多くのテーブルと椅子が並べられ、俺のクラーケン料理が所狭しと並んでいる。
「ちょっとしたパーティみたいですね」
リクがタコ(クラーケン)の甘辛煮を食べながら言った。
クラーケンが意外と大きかったし、みんなに振る舞おうと思って色々な料理を作ったのだ。
「これは素晴らしい!」エレノアが目をキラキラさせて言う。「歯ごたえがいいですね! その上、魔力が増える増える!」
いや、さすがにクラーケン如きで魔力は増えないのでは、と思ったけど言わなかった。
盛り上がった気分を盛り下げる必要はない。
「ところでアルトさん」
船長が俺に寄ってくる。
船長とは自己紹介を済ませている。
「アルトさんってどこの領主なんですか?」
「あー、名も無き小さい村だな」
あれ?
村の名前ってないよな?
俺は助けを求めるようにリクを見た。
リクは心得た、という風に頷く。
「普通の村ですよ」リクが言う。「特に変わったところは、ないですね。村って聞いて思い浮かべる普遍的な村です」
どうやら、やっぱり名前はないらしい。
もし名前があったら、ここで村の名前言うよな?
「なるほど」と船長は分かったような分からないような、曖昧な表情で言った。
そんな微妙な顔されても、マジで普通の村なんだよなぁ。
特産品とかも別にねぇしなぁ。
「それでアルトさんとお嬢ちゃんたちは、ロクス帝国に何の用事で行くんです?」
この船の行き先が、ロクス帝国の港街なのだ。
てか、船長、結構グイグイ来るな。
別にいいけど。
「僕はお嬢ちゃんじゃないですよ」
「え?」
リクがニコニコと言って、船長が目を丸くした。
「ふはははは! 我が従僕のリクはこう見えて男なのだ!」
上機嫌のエレノアが言った。
日が沈みかけているので、船酔いも解消したようだ。
俺たちって夜の方が調子いいからな。
元気になったエレノアの近くで、ブラピもタコ料理をガツガツと食べている。
ブラピも気に入ってくれたようで良かった。
「マジか……」
船長はマジマジとリクを見た。
マジかと呟き、マジマジと見る……か。
このギャグは言わない方がいいだろう。
「ふふ」リクが微笑みつつ言う。「僕たちはロクス帝国で冒険者になるんです」
「へぇ」船長が俺を見る。「きっとすぐに高ランクになれますね」
いや、俺はすでに冒険者なんだよなぁ。
あ、そうだ、リクに記念カード見せてやらねぇと。
普通に忘れてた。
俺は異次元ポケットから記念カードを取り出す。
「実は俺は、前から冒険者だったみたいだ」
カードを指で挟み、みんなに見えるように提示。
「えええええ!?」とリク。
「SS!?」と船長。
二人の声が大きかったので、「なんだなんだ」と他の船員や客がこっちに注目する。
「SSって何だよ、って思うだろ?」
俺はニヤっと笑う。
「あ、いえ、それは分かります領主様」
「さすがに分かりますねぇ」
リクと船長が2人とも急に冷静に言った。
なんだよ、記念カードの存在、知ってんのかよぉ。
周囲の連中が「SSだってよ」「すげぇ初めて見た」とか盛り上がり始める。
記念カードなんて滅多にないだろうから、リクと船長も実物は初めてのはず。
◇
(まずい、わたくしだけ、SSの意味が分からぬ!)
エレノアは心の中で少し焦った。
だがエレノアはバレないように涼しい顔をしていた。
この状況で、素直に「分からないから教えて」とは言いづらい。
周囲が盛り上がっているので、何か凄いのだろうな、とは察しが付く。
「さすがはアルト様! じゃなかった、父上! 素晴らしい!」
とりあえず、いつもの調子で発言。
「当然と言えば当然だけどね」とリク。
(なぬ!? 当然のことなのか!?)
であるならば、とエレノアは言う。
「まぁわたくしも、SS、だし!」
「いや、ノアはそもそも冒険者じゃないよね?」
リクが子供を諭すような、優しい声と表情で言った。
(ぐぬっ……。SSとは一体……?)
エレノアは少し混乱した。
冒険者なら素晴らしいようで当然のこと?
ブラピが前足でポンっとエレノアの足に触れた。
「なんだブラピよ、撫でて欲しいのか? 仕方のないやつだな!」
ブラピは「素直になれよ」という意味で足に触れたのだが、エレノアには伝わらなかった。
エレノアはとりあえずブラピを撫でて、会話から離脱した。
(SSの正体はいつか必ず掴んでみせるっ! が、今は戦略的撤退だ!)
◇
数日の海の旅を挟んで、ロクス帝国の港街に到着。
俺たちは船を下りた。
船長が手を振ってくれたので、俺たちも振り返した。
何気にブラピも前足を振っている。
「さて、それじゃあ冒険者ギルドに行くか」と俺。
「はい! ワクワクしますね!」とリク。
エレノアは何も言わず、ブラピの背中でグッタリしている。
今は昼間なので、船酔いがまだ治まっていないのだ。
リクが早足で歩き始め、俺とブラピも続く。
少し歩いて港から出たところで、
「待っていたぞアルト様!」
グングニルを持った白い戦闘服の女が立ちはだかった。
「あれ? お前って確か、カイラの弟子だよな?」
俺は一瞬、大陸を間違ったのかと錯覚してしまった。
「ふふふ、我とパーティを組むのだアルト様よ!」
――あとがき――
SSの読み方はエスエスなのかダブルエスなのか……。
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