Short Story 今日から冒険者
1話 旅立ちの日
俺は平和な時間を満喫していた。
安楽椅子でユラユラしながら、チビチビとワインを飲む。
ここにはヴィーガン活動家も古代の怪物もいない。
厄介な手紙を運ぶ暗黒鳥の気配もない。
俺の隣ではケルベロスのブラピが丸くなっている。
ブラピは成長したみたいで、前より大きくなっていた。
「これが幸せな時間ってもんだよなぁ」
明日にはリクと旅立つ予定なので、俺は今のこのマッタリとした時間を噛みしめる。
とか思っていたら、ポンティの【ゲート】を察知。
「面倒事じゃねぇよな?」
俺はゆっくりとした足取りで広間に向かった。
ブラピはチラリと俺を見たが、付いてはこなかった。
広間に到着すると、勇者パーティが勢揃いしていた。
勇者ニナ、魔法使いポンティ、聖女カリーナ、それから武闘家と騎士の5人だ。
ニナ以外の表情が微妙に暗い。
これは面倒事に違いない。
俺は踵を返そうか真剣に迷ったのだが、ニナがバッと俺に飛び付いてきた。
俺はニナを受け止め、逃げるタイミングを失った。
「大聖者様! 報告したいことがございます!」
聖女がその場に膝を突いた。
あー、俺って神殿の所属で、しかも教皇候補なんだっけ?
俺はギューギューと締め付けてくるニナを引っぺがす。
「我々、神殿勢力は魔王軍、及びドラゴンとの戦いで消耗し、邪悪なアンデッドたちへの対応が後手後手に回っています」
んんんん!?
何が邪悪って言った!?
「そのせいで、とあるアンデッドの軍団が力をつけてしまって……」
くっ、と聖女が苦い表情を浮かべた。
「魔王軍とは関係ない、いわば野良アンデッドの集団……」騎士が言う。「らしいのです」
野良アンデッド!?
魔王軍のアンデッドは家猫みたいな扱いなの!?
「ちょっとオレは戦ってみたいが」と武道家。
ポンティと聖女が武道家を睨む。
「大聖者様」聖女が真剣な様子で俺を見る。「ケイオスの監視でお忙しいとは思いますが、どうか手を貸して頂けませんか?」
「タイミングが悪いな。俺は近く用事があるんだ」
事実だ。
そう、これは仕方ないのだ。
なんせ、先約だからな!
「大聖者殿の用事……」
ゴクッと武闘家が唾を飲む。
「世界の破滅に関わること、ですか?」と騎士。
んなわけあるか。
お前ら俺を何だと思ってんの?
ああ、そうか、世界を救う大聖者で教皇候補か!
「いや、そんな大袈裟な話じゃねぇよ。ちょっと先約でな。リクと冒険者になるんだ」
「「!?」」
俺の発言に、勇者パーティが驚愕した。
ニナも驚いている。
「目的のために、冒険者に偽装する必要があると?」ポンティが言う。「今度は何をするの?」
俺がいつも何かしてるみたいに言うな。
俺は基本、引きこもりだぞ。
「聞いてない!」ニナがブリブリ怒って言う。「あたし、そんなの聞いてないよ!?」
「リクから聞いてねぇの?」
肉祭りの時に会ってるだろお前ら。
「リクが冒険者になるのは知ってる! でもアルトと一緒だなんて聞いてないもん! アルトはさぁ! リクとは遊びに行くのに、あたしとは遊んでくれないの!?」
「……お前は勇者だし、忙しいだろ?」
「全然! 忙しくないし! ドラゴンと戦うの飽きたもん! あたしも冒険者になる!」
「おい勇者、正気に戻れ」と騎士。
「大聖者様には大きな計画があるのよ」とポンティ。
「そうです。邪魔をしてはいけません」と聖女。
「相変わらずだな」と武道家が溜息を吐く。
グスン、とニナがウルウルした瞳で俺を見る。
やめろ、そんな目で見るな。
「ニナは今度、遊んでやるから」
「本当!? 約束だからね!?」
「ああ、約束だ」と俺は頷く。
まったく、ニナはいくつになっても子供のままだな。
人間は俺たちと違って、大人になるのが早いはずなんだけどな。
「大聖者様」聖女が言う。「冒険者ギルドに依頼を出しておきますので、お手すきの時に邪悪なアンデッドたちを征伐して頂ければと思います」
うーん、と俺は少し考える。
冒険者になったエレノアに任せれば良さそうだ。
旅団員が増えるぞ、とかテキトーに言っておけば依頼を受けるだろう。
「分かった。考慮しとく」
俺の返事に満足したのか、勇者パーティは対ドラゴンとの最前線に戻った。
ニナは「嫌だぁぁぁ! もっとアルトといるぅぅ!」と我が儘を言ったが、強制的に【ゲート】で連れて行かれた。
俺は背伸びをして、縁側へと向かった。
そして縁側に座って、庭を見ながらボーッとすることにした。
◇
緩やかに日が暮れて、夜の訪れとともにエレノアがやって来た。
エレノアはモリモリと夕食を平らげる。
俺たちヴァンパイアにとって、食事は趣味みたいなものだ。
本来なら血液だけで生きていけるからな。
「エレノアも本当に食事が好きになったようだな」と俺。
出会ったばかりの頃、エレノアは血液しか飲んでなかったはず。
俺に言われないと、何かを食べようとしなかった覚えがある。
「ええ! ええアルト様! 食事とは本当に素晴らしいですね!」
エレノアが嬉しそうに言った。
その表情を見て、俺も嬉しくなる。
料理した甲斐があるってもんだ。
ちなみに、ブラピも床で同じ物を食っている。
「アルト様の最強の秘訣は、この食事ですね!?」
エレノアが言って、ブラピがうんうんと頷いていた。
「ん?」
「あ、いえ、分かっていますよ」ふふん、とエレノアがドヤる。「もちろん、他にも秘訣はありましょう。ですが、食事とは即ち生命力!」
「俺らアンデッドだけどな」
生命力なんてゼロだが?
「失敬。食事とは即ち魔力!」
エレノアが言い直した。
まぁ確かに、食べる物によっては魔力量が増えることもある。
「アルト様のおかげで、わたくしは出会った頃の倍ぐらい強くなりました!」
エレノアが小さな胸をドンと叩いた。
「そうか、もっと強くなれよ」
俺は微笑み、言った。
正直、エレノアが強くなってるようには見えないのだが。
変化が全然、分からないのだが。
しかしエレノアのモチベーションが高そうなので、あえて肯定した。
「もちろんですとも!」
「明日から冒険者として訓練だ」
「はいアルト様! あらゆる依頼に対応できてこそ、最強への道が開けると言うもの」
エレノアは冒険者に前向きだった。
最初に話した時は「え?」と嫌そうだったが、俺は口八丁で説得した。
今エレノアが言ったのは、俺が説得の時に使った台詞まんまである。
他にも「ヴァンパイアの万年王国のため」とかテキトーぶっこいた。
「おう。それじゃあ、就寝までは好きにしてろ」
今夜、エレノアはうちに泊まる予定である。
「ゲームしましょうアルト様!」
「食器を片付けたらな」
言って、俺はお母さんよろしくエレノアの食器も片付け、サッと洗ってしまう。
そして就寝時間まで2人でゲームに興じた。
ブラピをモフモフしながら、平和でゆったりとした時間だった。
娘とこういう時間を持つのも悪くねぇよな。
人間の親子みたいだ。
って。
あれ?
エレノアって俺の娘じゃなくね?
将来の嫁だったような?
◇
翌朝。
俺、エレノア、リク、ブラピは村の入り口で村人たちに見送られていた。
「気を付けるんだぞリク」とリクの父。
「外の世界には悪い人がいっぱいいるんだからね」とリクの母。
ちなみにブラピは村の子供たちにモフモフされている。
「ニナ姉ちゃんが大丈夫だったんだから、リク兄ちゃんなら余裕だろ」と村の男の子。
「そうそう。ニナ姉ちゃんが生きていける生ぬるい世界なんだから」と村の女の子。
「まぁリクはしっかり者だしな」と村人の男性。
「それではみなさん、行って参ります」
リクが深々とお辞儀した。
さすがリクだなぁ。
ニナなんてポーンと飛び出して行ったもんなぁ。
「領主様、リクをお願いしますね」とリクの母。
俺は「ああ」と頷いた。
正直、リクって本当にしっかり者だから何も問題はないだろう。
「ノアちゃんもまた遊んでねー」
「おう、ノア、次は水泳で勝負だ!」
村の子供たちがエレノアに別れの言葉を贈る。
いつの間にか、エレノアは村の子供たちと仲良くなっていたようだ。
時々、遊んでいたようだが、俺が思ってる以上に仲良くなってるみたいだな。
いいことだ。
エレノアは「ふん」と言いながら小さく手を振った。
空は良く晴れていて、旅立ちには最適な日和だ。
まぁ、俺は【ゲート】でちょいちょい家に帰る予定だけど。
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