4話 わたくしは無


 コホン、と咳払いをしながら、1人の男が前に出て来た。

 見た目の年齢は30歳ぐらいかな。

 明るい黄色の髪の毛が、めっちゃサラサラな男。

 お前、絶対に高価な洗髪剤を使ってるよな?


 服装は村人っぽいけど、よく見ると素材は高価で良いものだ。

 他の連中が着ているモノとは一線を画している。

 ああ、貴族だな、と俺は思った。

 貴族がお忍びだか何だかで、ヴィーガン活動家に交じってんだなぁと。


「わたしが、リーダーの……」

「いやいい。大丈夫だ。間に合ってる」


 俺は右手をサラサラ髪のリーダーに向けて、ピシャッと言った。

 こういうのは、ハッキリ拒否しないとズルズルと会話に巻き込まれるのだ。

 俺は調味料を探しに来ただけなのだから。


「おい小僧! リーダーに失礼だろう!」とケイオス。

「ひぃぃ!」


 エレノアが俺の背中にサッと隠れた。


「俺は用事があるんだオッサン」


 俺が言うと、リーダーが再び大きく咳払い。


「我々の崇高な言葉を聞くより大切な用事など、この世にはないのだよ顔の怖い君」


 リーダーが右手の人差し指で俺を示しながら言った。


「顔が怖くて悪かったな! そっちのオッサンも似たようなもんだろ!?」


 俺はケイオスを指さして言った。


「彼は同志だから問題ない」とリーダー。

「どこで出会ったんだよお前ら……」


 質問したわけじゃなくて、疑問が口から出てしまっただけなのだが。


「よくぞ聞いてくれた!」リーダーが語り始める。「あれはある晴れた夜……」


 ああ、クソ、結局長くなりそうだなぁ。

 リーダーはケイオスとの出会いを長々と話した。

 俺はボンヤリとそれを聞いている。

 エレノアは俺の背中から顔だけ出して、リーダーを見ている。

 俺は途中で飽きて、別のことを考え始めた。


 大蛇肉とドラ肉を食べ比べるだけじゃなくて、コラボさせるのもアリだな、みたいな。

 俺は頭の中で、色々なコラボ料理を作った。

 4品目でやっとリーダーの話が終わった。

 要約すると「酒場に抗議活動に行った時、野菜盛りを食っていたケイオスが賛同してくれたので仲間に誘った」ということらしい。


 俺はどこから突っ込めばいい?

 ケイオスが人間の酒場に現れたこと?

 それとも酒場で野菜盛りだけ食ってたこと?

 あるいは、酒場に抗議という名の迷惑行為をしている活動家たちのこと?

 いや、違うな。


「オッサン、なんで仲間になったんだ?」


「あん?」ケイオスが言う。「そりゃお前、リーダーは野菜好きな上、ドラゴンにも権利があるって言ってくれたからな!」


 野菜は俺も好きだけど!?

 権利だってあると思ってるけど!?

 いや別にケイオスの仲間になりたいわけじゃねぇけど!

 てゆーか、オッサンもしかして、ドラゴンには権利がないと思ってたの!?

 いや待てよ。


 そもそもドラゴンの権利って誰が保証してんだ?

 そして俺たちヴァンパイアの権利も。

 あれ?

 権利って何だっけ?

 ダメだ、混乱してきた。


「我々の崇高な目的はね、顔の怖い君」


 リーダーがキリッとした表情で、謎のポーズをキメている。

 こう、右手で俺を指さしつつ身体を捻って、左手を顔の近くに添えてる感じ。

 なんだよそのポーズ。

 エレノアもキョトンとしちゃってるだろ!


「動物たちの権利の保護なのだよ」


 リーダーは違うポーズを取りながら言った。


「そうか、頑張ってくれ。俺も絶滅危惧種には優しくしてるぞ」


 俺はテキトーに話を合わせた。

 権利については、よく分からないからもうスルーでいい。


「絶滅危惧種だけでは足りんのだよ君! いいかね!? 動物たちはみな、痛みを感じるのだ! 恐怖を感じるのだ! それを殺して、捌いて、食べたり加工したり、可哀想だとは思わないのか!?」


「えっと……植物はいいのか?」

「君はバカかね!?」


 リーダーが唾を飛ばしながら言った。

 いや、汚ねぇな。


「植物には知性がない! 恐怖も感じないし、痛みも感じない! だからこそ、我々は植物しか利用しない! いや、本来なら全人類がそうあるべきなのだ!」


 拳を握り、リーダーが天高く掲げる。

 そうすると、活動家の仲間たちが同じく拳を突き上げ、「おおおお!」と咆哮。

 ケイオスも同じことをしている。


「いや、植物にだって知性はあるぞ?」


 俺が言うと、活動家たちがシンッと静まった。

 そして顔を見合わせ、ゲラゲラと笑い合った。


「き、貴様ら! アルト様のお言葉を笑うとは!」エレノアが俺の背中から出て言う。「許さん! 全員、漏れなく可哀想な感じに捌いて血を啜ってやる!」


「あん? 俺様もか?」とケイオス。


 エレノアはサッと俺の背中に隠れる。


「貴様は別だ!」とエレノア。


「まぁまぁ落ち着けエレノア」俺が淡々と言う。「俺は今から、植物の知性を証明する。少し待ってろ」


 俺は【ゲート】を使ってその場を離れた。


「アルト様! わたくしを置いていかないでぇぇ!」



(わたくしは無。そう、わたくしは無。ここにはいない。どこにもいない)


 置いて行かれたエレノアは、目を閉じて心を落ち着かせていた。

 ケイオスが怖すぎて膝がブルブルと震えてしまう。


「おや? 顔の怖い彼は魔法使いかねゲイル君」

「ああ、まぁ、そんなもんだ」


 リーダーの質問に、偽名を使っているケイオスが曖昧に頷いた。

 エレノアはカッと目を見開く。


(おのれゲイル! アルト様が最強のヴァンパイアだと知っているくせに! 魔法使いなんかと一緒にするな! 怖いから言わないけど)


 エレノアが心の中でそう思っていると、ケイオスがチラッとエレノアを見た。

 エレノアは再び目を閉じ、(わたくしは無)と唱え始めた。



(人間の中では、ヴァンパイアって種族は滅びたことになってやがるからな)


 ケイオスは割と人間について詳しかった。

 なぜかと言うと。

 人間の修行方法を研究している傍ら、人間そのものも研究しているから。

 アルトに敗北した後、ケイオスは修行を積むことにした。

 が、生まれた時から強かったケイオスは、修行方法が分からなかったのだ。


(ウジ虫並にクソ弱い人間どもが、どうやって強くなってるのか探ってたってわけさ)


 人間は修行によって何倍も強くなる種族なのだから。


「ふむ。彼を仲間にできないだろうか?」とリーダー。

「小僧をか?」


 ケイオスが目を細め、リーダーが頷く。


「無理じゃねぇか?」ケイオスが言う。「あいつ、野菜も好きだが肉も好きなタイプなんだよ……クソ、あの小僧は生態系の頂点……ドラゴンを食う権利がある……悔しいが……」


 結局、最後にモノを言うのは暴力だとケイオスは思っている。

 人類を全てベジタリアンにするには、話し合うよりも力で脅す方が早い。

 アルトにはその力が通用しないので、仕方なく話を優先しているだけ。


「彼はそんなに強いのかね? 七大魔法使いの弟子か何かか?」

「さぁな。でもマジで強いぞあいつは」


 破壊と混沌の申し子であるケイオスですら、敗北したのだから。


「ますます仲間に欲しい!」リーダーが言う。「彼と君がいれば! その力で全人類に! 我々と同じ思想を! 強要できるのではないか!?」


「できるだろうな」


 クックック、とケイオスが笑った。

 このリーダー、暴力の行使に何の躊躇もないのだ。

 そしてケイオスと同じく、最後には暴力が勝つと信じているタイプだ。

 と、【ゲート】の反応があって、アルトが戻って来た。

 アルラウネとトレントを連れて。


「んんんん!? 魔物!?」


 リーダーが目を丸くし、活動家仲間たちが震え上がった。

 アルラウネは巨大な人間サイズの球根の上に、緑の若々しい葉っぱが生えていて、更にその上に綺麗な白い花が咲いている。

 で、花の上には人間の女の子(全裸)が乗っている。

 全裸の女の子は本物の人間ではなく、食料である人間を誘うための疑似餌だが。

 トレントは3メートル程度の木で、幹に顔がある。

 根っこが足代わりになっていて、動き回ることができる。


「お前の間違いを正してやる」アルトがキッとリーダーを睨んだ。「植物にだって、知性はあるんだ! こいつらを見ろ!」

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