3話 いざ、食の大国へ


 なんて恐ろしい奴だ、と竜王は思った。

 さすがは混沌竜ケイオスを打ち破ったヴァンパイア。

 最初に「貴様」と上から目線で呼んでしまったことを、竜王は激しく後悔した。

 すぐに睨まれて、竜王はチビるかと思ったのだ。

 まぁ、その後は低姿勢を貫き、なんとか話し合うことができていたのだが。


「そこのドラゴンだ」


 アルトは食材としてドラゴンの死体を指さした。

 竜王は「我も食われる!?」と身を縮こめた。

 怖すぎる、これが万年を生きるヴァンパイアか、と竜王。

 生きる魔神、新たなる始祖、生物の頂点。

 アルトの呼び方は色々あるが、竜王は魔神と呼ぶのが1番シックリくると思った。


「……わ、我は食べないで……ください、ね?」


 竜王が怯えた羊みたいな雰囲気で言った。

 少し間があって。


「ああ」とアルトが頷いた。


 今の間は何!?

 絶対、心の中で(『今は』食べない)って言ったよね!?

 竜王はもう逃げ出してしまいたかった。

 ケイオス様、帰ってきてください、と切実に思った。

 ケイオスは必ず強くなって戻ってくると、ドラゴンたちは信じていた。


「アルト様、普通のドラゴンであれだけ美味しいのですから、竜王となるとそれはもう至上の食材なのでは?」


 小さなヴァンパイアクイーンが涎を垂らしながら言った。

 クイーンの瞳はキラッキラに輝いていて、表情は好奇心と食い意地を丸出しにしたちょっとアレな感じだった。

 子供の素直さと言えば聞こえはいいが、竜王からしたら「悪魔かこのガキ」としか思わない。


「ああ、俺もそう思ったけど」


 思ったの!?

 竜王の心臓は、バクバクと破裂しそうなほど強く脈打っている。


「話を戻すぜ?」アルトが言う。「俺は食材を取りに来ただけで、参戦はしない。世界をどう分けるかは、お前らで勝手に決めろ。俺の知ったこっちゃねぇよ」


 その言葉に、竜王はホッと息を吐いた。

 アルトさえ引っ込んでいるなら、魔王軍とも戦える。

 とはいえ、今のところ対魔王軍も対人間も膠着状態ではあるが。

 前回、魔王との直接対決が引き分けに終わったのが悔やまれる。


「分かりました。では我はこれで」


 竜王はひとまず笑顔を浮かべて好感度アップを目論む。

 それから速攻で、そう、速攻でその場を飛び去った。

 もう用はない。

 長居して食べられたらシャレにもならない。



「なるほど、食材を取りに来たついでに回復してくれたのか」


 ジョージが真面目な表情で言った。


「回復は頑張ってる旅団員にお土産、って感じだな」


「さすがは四天王最強! 我が旅団員も惜しみなく回復してくれるとは!」ジョージが俺の肩をバンバン叩く。「魔王様が心から信頼するはずだ」


 ジョージはかなり手加減してくれているのか、肩はまったく痛くない。

 てゆーか、魔王って俺の知り合いなんだよな?

 会ったら色々分かるだろうけど、人違いだった時のために、やはり早くエレノアに四天王を譲ろう。


「世界を分けろと言ったのも」ジョージが言う。「やはり領土とは勝ち取るもの! 戦って、戦って、血を流し、死力を尽くし、最後に勝ち取る! それこそが至高だと分かっているからであるな!」


 分かんねぇよ!?

 脳筋の気持ちはサッパリ分からないけど!?


「ふん、アルト様にとっては、世界の切り取りなど遊びのようなもの」エレノアが言う。「この遊びに負けるような軍団は必要ない、と。そういうことでしょう?」


 いや違う、俺はただ、面倒だったのだ。


「まったくその通り! 戦闘とは心躍る遊びのようなもの! だからこそ、真剣に勝ちたいのだ!」


 ジョージが嬉しそうに言ったが、今のは10割エレノアの意見だぞ。

 あと、俺は世界を分けろとは言ったけど、それって戦争して勝ち取れって意味じゃねぇよ。

 平和的に話し合って、仲良く分けろって意味だったんだ。

 俺は溜息を吐きたくなったが、食材に視線を移して元気を取り戻す。

 うん、美味しそうな青いドラゴンだ。


「エレノア、あの死体、持って帰ってもいいか?」

「もちろんでございますアルト様。我らの倒した敵は全て、アルト様が倒したも同義!」


 やめろ、同義にすんな。

 俺はとりあえず、ドラゴンの死体を丸ごと異次元ポケットに仕舞った。

 家でゆっくり解体しよう。


「あ、そうだ!」俺は唐突に思い出して言う。「リッチ、ちょっとこい」


「は、はいアルト様」


 リッチがおっかなびっくり寄ってくる。

 不安そうな顔するなよ、別に怒るわけじゃないから。

 てゆーか、骸骨なのに不安そうなのが分かるって凄いな。


「この首飾りをやろう」


 俺は異次元ポケットから呪われた首飾りを取り出し、リッチに手渡した。


「こ、これは!」リッチが驚愕して言う。「呪詛が込められておりますな!」


「ああ。いい感じじゃね?」と俺。


 ちなみに呪詛というのは、そういう属性の魔法のこと。

 ほとんどの場合、生者に対してマイナスの効果がある。


「え、すごい」「羨ましい」「超イケてる」


 などなど、アンデッドたちがワラワラ寄ってくる。


「いいなぁ! いいなぁ!」


 大きな声でいいながら、エレノアがチラチラと俺を見る。

 いや、お前がリッチに褒美をって言ったんじゃん?


「ふむふむ……。3つの呪詛が付与されていますね」リッチが首飾りを解析しつつ言う。「装備者の生命力を1分ごとに削る……普通の人間なら半日で死亡ですね」


「おお!」エレノアが手を叩く。「……勇者と魔王に装備させたい……」


 最後の方はボソッと言ったので聞き取れなかった。


「更に……回復魔法を無効化……これはありがたい! 人間どもに【ヒール】されたら割と痛いですからなぁ!」


 リッチが笑うと、旅団員たちも笑った。


「【ヒール】してくる奴、マジウザいよなぁ」「アンデッドだと分かったら即【ヒール】だもんなぁ」「聖水ぶっかけてくる奴も同じぐらいムカつく」


 アンデッドたちの会話に、エレノアとリッチがコクコクと頷いている。

 俺も聖水は嫌いだ。

 子供の頃、聖水を飲む遊びが流行したんだけど、みんなゲロゲロ吐いていた。

 何人かは飲み過ぎて召された気がするな。

 まぁ、大人になった俺なら、飲んでもただのマズい水ぐらいで済むだろう。

 いや、だからって飲みたくはねぇけど。


「さて3つ目は……ふむ」リッチが首を傾げる。「攻撃的な呪詛のようですが、よく分からないので起動させてみましょう」


 リッチが首飾りに魔力を送った。

 瞬間。

 黒い魔力が一直線に放出された。

 えっと、【魔力砲】と呼ばれる魔法かな?

 その【魔力砲】は嘆きや悲鳴を含んでいて、ちょっとビックリした。

 あと、俺の方に飛んで来たので、上空に弾いておいた。

 空へと逸れた【魔力砲】は雲の上で炸裂し、悲痛と怨嗟の声を撒き散らして消える。


「……あの、アルト様」エレノアがガクガク震えながら言う。「今の【魔力砲】は、国が消し飛ぶレベルなのですが……」


「はっはー! エレノアは大袈裟だな!」


 俺が片手で弾ける程度の【魔力砲】に、そんな威力ねぇって。


「……エレノア様、大丈夫です」リッチが言う。「一度使ったら数年は使えないようですから……」


「そ、そうかリッチ」エレノアが言う。「使えるようになったら、その、取り扱いには注意するように……。今みたいに、いきなり起動させるな……本当に」


「そうだな、それがいい」俺も同意する。「悲鳴とか交じっててビックリするもんな。実際、俺はビックリした」


「あ、はい……そうですね」とエレノア。


 コホン、とリッチが咳払い。


「いやぁ、アルト様、ありがとうございます。これは本当にいいものですね。伝説の品ですかな」


 リッチがとっても嬉しそうに言ったので、俺も嬉しい気持ちになった。

 でも伝説ってことはねぇな。

 そもそも、ずっと俺の家の宝物庫に転がってた物だし。


「これからも旅団とエレノアを頼むぞ」と俺。


「ええ。ええアルト様、お任せください」

「よし、じゃあ俺は帰る」


「お待ちくださいアルト様」エレノアが何かを期待する瞳で言う。「今日はもう戦闘もないようですし、その、ドラ肉、食べるのでしょう?」


「……ああ。一緒に来るか?」

「もっちろん! でございますアルト様!」


 エレノアがハイテンションで言った。

 飛び上がりそうな雰囲気である。


「リッチ、あとは任せたぞ」と俺。


 リッチがコクンと頷く。

 俺は【ゲート】を使ってエレノアと帰宅。


「あ、そうだ。久々に新しい調味料が出てねぇか見に行くかぁ」


 食の大国と呼ばれている国があって、最先端の料理や調味料はそこから生まれる。


「調味料! いいですね!」


 ワクワクした様子でエレノアが言った。

 俺は再び【ゲート】を使用。

 久々の食の大国は、相変わらず賑わっていた。

 ここは食の大国の王都、大通り。

 数多の店が軒を連ねている。


「てか、めっちゃ込んでるな……」


 まともに歩けないレベルで人が多い。


「クソ、人間どもが群れている……。【ダークナイトサンダー】で蹴散らすか……?」

「おい止めろエレノア」


 俺はエレノアの手をギュッと握った。

 エレノアに何もさせないためと、あとエレノアが迷子にならないように。

 俺はエレノアの手を引いたまま、人を掻き分けて進む。


 露天とか見ながらのんびり買い物したかったのに、出直した方がいいか?

 そんなことを思っていると、急に開けた場所に出た。

 というか、正しくは大通りが占拠されていて、その周辺に誰もいないのだ。

 なんだ?

 大道芸でもするのか?


「肉食を止めろー!」「動物を殺すなぁ!」


 鉄製音響メガホンを片手に、大通りを占拠している連中が叫び始めた。

 これは!

 カリーナが言ってたヴィーガン活動家なのでは!?

 大通りを占拠するとは、なんて迷惑な連中!

 憲兵は何してんだ!?

 それとも許可があるのか?


「そうだぞテメェら!」ひときわ大きな声が響く。「ドラゴン肉を食う奴は悪だ! ドラゴンにも権利がある! ドラゴンだって生きているんだ!」


 やたらドラゴンのことばかり主張するそのオッサンは。

 ケイオスじゃねぇか!!

 やっぱお前かよ!

 確認できて良かった!

 どっか山奥で修行とかしてると思ってたのに!


 よし、確認したけど用事はないし、見つかる前に帰ろう!

 絡まれると絶対に面倒だ!

 俺の異次元ポケットには今!

 食材としてのドラゴンが丸一匹入っているっ!

 まぁそれはバレないだろうけども。


「ゲイル!?」


 エレノアが驚いて大きな声を出す。

 ちょっ!

 名前を呼ぶなエレノア!

 ケイオスがこっちを見た。

 俺と目が合う。


「お! 小僧じゃねぇか!」ケイオスが俺を指さして言う。「テメェ、ちょっと食についてうちのリーダーの話を聞いていけ! 嫌だなんて言わねぇよな? 俺様と貴様の仲だ」


 くそ、見つかった。

 新しい調味料が出てないかチェックしに来ただけなのにっ!

 てゆーか、ケイオスは俺とどんな仲だと思ってんだろ?

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