2話 ドラゴンは食材


 エレノアは『星降りの剣』をかかげ、ドラゴンたちに星を落とした。


「はっはっは! わたくしはアルト様のおかげで、恐ろしく強くなってしまった!」


 ここは魔王軍とドラゴンたちの戦う最前線。

 エレノア率いる『絶滅の旅団』とジョージの旅団がドラゴンたちと戦っている。

 ロロの旅団とビビの旅団は対人間の前線で活躍しているので、ここにはいない。


「更に! 普通のヴァンパイアなら1000歳! キング、クイーンでも700歳ぐらいでなければ使えない魔法を! 見せてやる!」


 エレノアは右手に星降りの剣を持って、左手を天に掲げる。


「見よ! ヴァンパイアだけの魔法! ダークナイトサンダー!」


 天空に巨大な魔法陣が浮かび、そこから黒い稲妻が発生し、ドラゴンたちに落ちる。

 エレノアはまだ300歳だが、魔力量だけは700歳のクイーンに匹敵していた。

 理由は単純で、アルトの家で魔力が伸びる食事を毎日摂っているから。

 特にドラゴン肉はいい。

 それだけでも、自身の魔力はまだ伸びそうだとエレノアは感じている。


 ドラゴンの肉で強化した魔力で、ドラゴンを攻撃する。

 永久機関かな? とエレノアは思った。

 もちろん、エレノアは永久機関の意味をよく理解していない。

 ノリだけでそう思ったのだった。


「アルト様はこの食事を少なくとも数千年は続けているわけか……」


 そりゃ、ケイオスにも勝ってしまうわけだ、とエレノアは納得している。


「あぁ、昨日の肉は特に素晴らしかった……」


 エレノアはアルトの村で食べた八岐大蛇の肉を思い出し、涎を垂らした。


「あのー、エレノア様」近くにいたリッチが言う。「チマチマ攻撃してもドラゴンたちは死にませんよ? 連中、防御力高いですから」


「……わ、分かっている。ダメージにはなっているから問題なかろう?」


 それに、ドラゴンたちは強いが、数が少ないのでこっちが囲んでいるような状況だ。

 エレノアは1番弱っているドラゴンの方に駆け出し、星降りの剣で攻撃を仕掛ける。


「ふははは! わたくしこそが! 絶滅の旅団、旅団長にして最後のヴァンパイアクイーン! エレノア様だぁぁ!」


 エレノアは強くなった実感が嬉しくてノリノリだった。

 旅団のみんなと弱っていたドラゴンを更にフルボッコにし、最後は星降りの剣で首を両断。


「やったぞ! わたくしはもう勇者より強いのではないか!?」


 ニナにはいつか仕返ししなくては、とエレノアは思っている。

 と、ドラゴンたちがものすごい勢いで撤退を開始した。


「うん? わたくしの戦闘能力に恐れをなしたか! ふははは!」


 エレノアが高笑いしていると、リッチがソッと寄ってきた。


「あー、エレノア様、それは違うかと」


 言いながら、リッチが上空を指さす。

 なんだ? と思いながらエレノアが空を見上げると。


「アルト様!?」


 なぜかアルトが浮いていた。

 なるほど、ドラゴンたちはアルト様を見て逃げ出したのか、とエレノアは納得。

 同時に。

 何しに来たんだろう? とみんな思った。



 俺は最前線の近くに【ゲート】して、そこからは空を飛んで移動した。

 俺が前線に到着すると、ちょうど今日の戦闘が終わったところだった。


「お、ナイスタイミングじゃね?」


 撤退するドラゴンたちを見ながら、俺は自分の運の良さを誇った。


「さーて、肉はあるかなっと?」


 戦場をグルッと見回すと、ドラゴンの死体が3つほど転がっていた。

 だが1つはズタボロで、とても食えるような状態じゃない。

 残りの2つはそこそこ綺麗。

 1つはジョージの旅団が倒したようなので、そっちはスルーだな。


「てゆーか、ケガ人多いな……」


 まぁ戦場だから当たり前なのだが、ちょっと可哀想。

 俺はアンデッドを除いた普通の魔物たち(たぶんジョージの旅団の連中)に【ヒール】をかけた。

 空から一撃で全員にまとめて。


「うおおおおおお!」と下で歓声が上がった。


 なんだ?

 何かあったのか?


「四天王万歳!」「アルト様万歳!」「闇に生きる者がヒール!」「すごい!」


 魔物たちが俺を見上げながら、腕を突き出して喜んでいる。

 マジか、【ヒール】だけでこんなに喜んで貰えるのか。

 そうか、こいつら戦闘特化だから回復とかあんまり使えないのかも。

 俺もう【ヒール】係でよくね?

 これからは四天王・ヒール小僧アルトだな。

 引退するまで【ヒール】で支援するだけの簡単なお仕事。

 そんな妄想をしていると。


「アルト様!」


 エレノアが下で大きく手を振った。

 俺はアンデッドたちも回復させてやろうと思って、【闇の慟哭】を使用。

 もちろん、面倒だからまとめてみんなに使った。

 これは簡単に言うと、アンデッド用の【ヒール】みたいな感じだ。

 一応、闇魔法だったはず。


「うおおおおおお!」と今度はアンデッドたちが声を上げた。


「アルト様!」「さすが四天王最強!」「最高です!」「闇が! 闇が癒やすぅぅぅ!」


 元気になったアンデッドたちが飛び跳ねながら喜びを表現。

 可愛いもんだなぁ。

 てゆーか、こいつらエレノアより弱いくせに、よくドラゴンと戦えるよな。

 恐怖心とかないのか?

 ああ、アンデッドって希薄だよな、そういうの。

 俺はゆっくりと下降し、地面に着地。

 そうすると、四天王のジョージがサッと俺の前に現れた。

 ジョージは毛艶もいいし、ちょっと撫でたくなる。


「参戦しても平気なのか?」とジョージ。


「いやいや、俺は参戦しに来たわけじゃねぇ」

「ではなぜここに?」

「ちょっと食材の確保に……」


 言葉の途中で、遠くの空から金色のドラゴンが飛翔してきた。

 ん?

 あいつ確か竜王とかいう奴じゃなかったか?


「貴様どういうつもりだ!」


 竜王は大声で怒鳴った。

 何?

 誰か怒られてんの?

 俺は目を細めて竜王を見た。

 竜王の金ぴかの鱗が陽光を反射して眩しかったんだ。

 そうすると、竜王がビクッと身を竦めた。


「あ、いや、アルトさん……」と竜王が俺を呼んだ。


 え?

 俺が怒られてたの?

 俺はキョトンとしていたと思うが、竜王はなぜか再びビクッとなった。


「あのですね、アルトさん」竜王がヘコヘコと首を下げながら言う。「そもそものお話ですが、あなたが世界を我々で分けるよう言ったのではないですか?」


 なんて低姿勢のドラゴン!

 ドラゴンって強い奴が多いから、態度も大きい場合が多いのだが。

 懐が広いのかな?

 さすが王!


「ええと……」と竜王が困った風な表情をした。


「あ、ああ。言った言った」


 俺は慌てて質問に回答した。

 まったく謎な話だが、一瞬だけこの世界は俺のものだった。

 少なくとも、周囲の連中はそう認識していた。

 でも俺は世界なんて欲しくないので、魔王軍、人間、ドラゴンたちで分けるように言ったのだ。


「で、あればアルトさん」竜王は真剣な眼差しで俺を見詰める。「あなたが魔王軍として出るなら、もはや世界は魔王軍の物になりますでしょう?」


 俺はコクンと頷いた。


「こう、なんと言いますか、我らが戦争をしているのは、領土の取り合いでございまして、ええ」


 この戦争は領土の譲り合いに失敗したことから始まったのだ。

 なんだ?

 俺が定規でテキトーに分けた方が良かったのか?


「つまりその、アルトさんが魔王軍として参戦するなら、最初から世界を魔王軍の支配下に入れれば良かったのでは? 我々も人間たちも領土が手に入ると思って頑張ったわけでして……ええ。結局アルトさんが全部持っていくなら、みんな無駄死になのですが……」


 それはそうなんだけどな?

 お前の言ってることは正しいよ?

 でもな?

 根本から間違ってんだよ! 


「待て待て待て! お前は誤解をしている!」


 さっきジョージにも言いかけたが、俺は参戦したわけじゃない。

 平和主義者の俺が戦争に参加するわけねぇだろうが!


「誤解、でございますか?」竜王が首を傾げる。「ドラゴンたちを追い払ったのに?」


 追い払ってねぇよ!

 ちょうど戦闘が終わったところだったんだよ!

 俺は鋭く突っ込みを入れそうになったが、こういうのは1番大切なことを簡潔に伝えるのがいいのだ。


「俺は戦争には参加しない。食材を取りに来ただけだ」


 紛れもない事実である。


「食材?」と竜王。


「ああ。そこのドラゴンだ」


 俺は絶滅の旅団が倒したであろうドラゴンを指さした。

 竜王がひときわ大きくビクッとなった。

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