2話 はぁちゃんだよ! 久しぶり!


 俺はロザンナに勧められるがままに、魔王の玉座に座っている。


「わー、やっぱり似合うよアルト!」

「そ、そうか……」


 これ魔王に見られたら、俺ぶっ殺されるんじゃね?

 とか思っていると、ロザンナが俺の膝に座ってきた。

 おおい、勇気あるなぁロザンナは!


 魔王に見られたら「何をワシの椅子でイチャコラしてんねん、殺すぞワレ」ってならねぇか?


 いや、もちろん、俺はイチャイチャしているつもりはない。

 ないのだが、知らない人が見たら、俺とロザンナが玉座でイチャイチャしているように見えると思うんだ。


「魔王しか座れない椅子だよ! どう?」

「あ、ああ……いい尻触りだな……」


 ロザンナの尻がいい感じという意味ではない。

 純粋に玉座のクッションのこと。

 てゆーか、これがロザンナのお返し?

 そりゃ、魔王の玉座なんて座る機会は滅多にないけれど。

 いや、普通の魔族や魔物なら喜ぶのだろうけど。


「ねぇアルト、ぼくが寝てる時はさ」

「うん?」

「アルトが魔王代理やってよ」

「!?」


 何を言っているのだロザンナは!

 そもそも魔王代理って何よ?

 どういう役職だよ?

 四天王よりは上だよな?

 あれ?

 もしかして、ロザンナって魔王代理なの?

 会話の内容的に、そうだよな?


 マジかよ、ロザンナってマジのマジで幹部じゃねぇか。

 情報部の所属で、しかも魔王代理って。

 戦闘能力は低いけど、確かにロザンナは器量がいい。

 いや、戦闘もかなり強くなっているので、このまま成長すれば四天王レベルになれるだろう。

 そっかぁ。

 人間に虐められていたあの子がなぁ。

 俺はロザンナの頭を撫でた。


「アルト?」


 ロザンナは少し照れた風に頬を染めつつ、上目遣いで俺を見た。


「いやぁ、ロザンナも成長したなぁって思ってさ」


 俺がそう言うと、ロザンナはボンッと真っ赤になった。


「お、重かったってこと!? ごめんね! ごめんね! ダイエットするから!」


 ロザンナが慌てて俺の膝から降りる。


「ち、違う。そういう意味じゃねぇよ。俺はそんな遠回しな悪口、言えねぇよ! 太ったと思った時は『よぉロザンナ、丸くなったな』って言うぞたぶん!」


 何を急にネガティブになってんだよ!

 って、そういやこの子、元々かなりネガティブじゃなかったっけ?


「もっと表現をぼかして!」


「オッケー。ちょっと待て」俺は右手で頭を掻いて、考える。「俺がバランスの良い食事を作ってやろうか? でどう?」


「それって結婚してくれるってこと?」

「いや違うが?」


 俺が言うと、ロザンナがシューンと項垂れる。

 どうしろと。


「話を戻すけど」とロザンナが頭を上げる。


「あ、ああ」

「魔王代理は? 受けてくれる?」

「いや、俺は四天王で十分だ」


 そして四天王も辞めたいのだが。


「……魔王代理になったら、何でも好きなことができるよ?」

「俺はいつも好きに生きているが?」

「……そ、そうだったね……」


 ロザンナの悲しそうな顔は見たくねぇなぁ。

 でも魔王代理にはなりたくない。

 そもそも、俺を勝手に代理にしていいの?

 魔王さんブチ切れない?


 平均的なヴァンパイアを魔王代理にするなど許せん、とかってロザンナが怒られるのでは?

 そんなことを考えていると、謁見の間の扉がバーンと開いた。

 俺は飛び跳ねそうになった。

 魔王が入って来たのかと思ったのだ。

 しかし扉を開いたのは。


「ロロ? どうしたの?」とロザンナ。


「アルトに……用事」


 ロロはトコトコと歩いて俺の方へと近寄る。

 玉座に勝手に座ってるの見られて大丈夫?

 俺は確認したくてチラチラとロザンナを見たけど、ロザンナはロロを見ている。

 ロロは俺のすぐ近く、ロザンナの真横ぐらいで立ち止まる。

 そしてキョトンと首を傾げた。


「あれ? アルトが魔王に……なったの?」

「なってねぇよ!? 余所で言っちゃダメだぞロロちゃん!」


 知らない間に下剋上とか勘弁してくれ。


「そっか……まぁいいや……ロロの尻尾、囓る?」

「いや、遠慮しとく」


 会う度に尻尾を勧めてくるなロロは。

 美味しいのだろうか?


「ロロ、アルトに用事なんでしょ?」とロザンナ。


 ロロはコクンと頷き、俺をジッと見詰める。


「用事は何だ?」


 俺は玉座でスッと足を組んでみた。

 ちょっと魔王っぽくね?


「ずっと忘れてて、最近思い出したんだけど……実はロロ、ペットを……生き返らせたくて……」


 ずっと忘れてたの!?

 そのペットに思い入れあるの!?

 もう死んだままでよくね!?


「あ、死んだって言うか……瀕死だったから……」


 それなら【ヒール】で治るんじゃないかな。


「剣の中に避難しちゃって……」

「剣の中に?」


 俺が言うと、ロロがコクンと頷いた。


「そのまま……えっと、封印? みたいになっちゃって……」


 ロロが左手を上に伸ばすと、そこの空間がバリバリと割れた。

 空間魔法だな。

 異次元ポケットと同じような空間を自分用に作っておいたのだろう。

 羽々斬も同じような自分空間にいるんだよな、普段は。


「……よいしょ……」


 ロロは可愛らしい掛け声とともに、左手を割れた空間に突っ込んだ。

 そしてゴソゴソと何かを探すような動きをしてから、左手を引き抜く。

 ロロの手には錆びた抜き身の刀が握られていた。

 で、ロロが割れた空間を閉じた。


「随分と古い刀だな」と俺。

「うん……古い」とロロ。


 俺はその刀をマジマジと見た。

 うん、これは間違いなくいい品だ。

 数々の武器を収集した俺の目に間違いはない、ないはず。

 この刀は錆びているが、本来は名刀だ。


「ロロちゃん、この刀の名前って分かるか?」


 俺が質問すると、ロロはキョトンと首を傾げてしまう。

 あ、これは知らないな。


「ロザンナ知ってたりする?」

「ごめん、ぼくは武器には疎いよ」


 ロザンナが肩を竦める。

 ロロがうーんと唸り始める。

 そして。


「……名前……なんだっけ……?」


 それを俺が聞いてるんだけどな。

 ロロは結局、思い出せなかったようだ。

 仕方ねぇ、羽々斬に聞くか。


「羽々斬」


 俺が右手を伸ばすと、新たな空間の亀裂が生まれた。

 その亀裂からヒョッコリと羽々斬が姿を現す。

 相変わらずシンプルで美しい刀だ。

 ウッカリ見とれてしまったぜ。


「叢雲っちじゃーん! なんでそんなボロボロなの!? はぁちゃんだよ! 久しぶり!」


 羽々斬がウキウキで言った。

 羽々斬は自分で浮いて、自分で錆びた刀の方に移動した。

 俺の伸ばした右腕がいたたまれないぜ。

 そう思いつつ、俺は右腕を下ろした。


「おーい、叢雲っち! はぁちゃんだってば! 斬り合おうよ!」


 どうやら、ロロが取り出した錆びた刀は羽々斬のライバル刀だったようだ。

 羽々斬と同じような性格だったら、どうしよう?

 そんなことを思ったが、叢雲は返事をしなかった。


「あれ? 叢雲っち、死んでるじゃん」


 死ぬとかあるんだ!?

 俺は驚いたが、平静を装った。

 いやまぁ、確かに生きているならいつかは死ぬか?

 ヴァンパイアですら殺されたり、不慮の事故で死ぬことはあるしな。


「……死んでるわけじゃ……なくて」ロロが言う。「ロロのペットが……逃げ込んでるから……力が出せない……だけかな」


「そうなの?」羽々斬が言う。「じゃあペット引っ張り出してよ。はぁちゃんは叢雲っちと斬り合いしたいんだけど? 2万年ぶりぐらいだし」


 俺の年齢の倍の年月、会ってなかったのか。

 そりゃ、ちょっとぐらい斬り合いたいわな、刀同士だし。

 俺も見学したいな。

 刀の頂上決戦だし。

 と、ロザンナがソッと玉座の背後に移動した。


「神剣怖い……神剣怖い……」


 ロザンナがブツブツと呟いた。

 羽々斬にビビってる!?


「はぁちゃんさぁ」羽々斬が言う。「剣って言われるの、本当は嫌いなのよねぇ」


 羽々斬の凜とした声が響き、玉座の背後でロザンナがビクッとなったのが分かった。

 見た目も綺麗で声も綺麗で、その上強いんだから羽々斬って反則だよなぁ。


「はぁちゃんは刀であって、剣みたいな下等な連中と一緒にされたくないなぁって」


 めっちゃ見下すじゃん!

 剣のこと、めっちゃ見下すじゃん!

 俺も気を付けないとな。

 刀剣って一緒くたにすることあるし。

 羽々斬が怒ると色々アレだからな。


「刀最強、刀こそ最強の武器……」


 ロザンナが言って、羽々斬がコクコクと全身で頷く。

 どうやら、機嫌は直ったようだ。


「ロロの用事……いい?」


 ロロが可愛らしく小首を傾げた。

 そういや、結局俺に何をして欲しいんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る