Short Story 波乱のお見舞い

1話 アルト、ロザンナを見舞う


 俺はエレノアと夕食を摂っていた。


「うん、美味しいです……もぐもぐ、うん、魔力がっ! 漲るぅ!」


 エレノアはいつものようにモリモリ食べている。

 多少、騒がしいけれど、それがまたいいとか思っちまう。

 俺もあれか、父性とかなんとか、そういうのに目覚めたのかもしれない。


「あ、そういえばアルト様」


 エレノアは右手にナイフ、左手にフォークを持ったまま俺を見た。


「どうした? おかわりか?」


「いえ、そうではなく……おかわりも欲しいですが……」エレノアは少し照れた風に頬を染めてから続ける。「一応、伝えておこうと思っていたのですが、さっきまで忘れていました。割とどうでもいいことなので」


「そうか。それで?」

「ロザンナがケガをしました」

 

 エレノアは少し楽しそうに言った。


「え? マジかよ……ロザンナどうしたんだ? 転んだのか?」


「はっはっは! 面白い冗談ですなアルト様!」エレノアが笑う。「いくらアホのロザンナでも、転んだぐらいでは無傷ですよ」


「じゃあ何があったんだ?」

「どうやら対ドラゴンの最前線に出たようです! 我が旅団からの報告です!」


 それってお前の……正確には俺のだけど、旅団も前線にいるってことじゃねぇか。

 旅団長のお前はここで、のんきに飯食ってていいの?

 そしてロザンナ、お前、強くなったと言っても最前線はねぇよ。

 情報部の幹部だから、フレッシュな情報が欲しかったのだろうけどさ。


「見舞いに行くかぁ」


 ちょうど、俺はエリクサーを持っているし。

 カイラへの手土産だったのだが、渡し忘れたやつだ。


「見舞いですか?」エレノアが言う。「わたくしは行きませんよ? そろそろ旅団の様子を見に行かねばなりませんし」


「ああ。旅団の連中に頑張れって……いや、やっぱいい」


 エレノアは俺の言葉を曲解する癖があるからな。

 死ぬまで頑張れとか伝えそう。

 あとエレノア、俺はそもそも誘ってないぞ。


「バッチリ伝えておきます!」


 エレノアはグッとガッツポーズをしてから、逃げるように【ゲート】で去った。


「……お前、作業着のままだぞ……。てか、おかわりいいのかよ……。あと、ナイフとフォーク持ったまま……」


 俺は溜息を1つ吐いてから、自分の食事を済ませる。

 それから片付けをしていると、エレノアが戻って来た。


「食事の途中だということを! 忘れておりました! わたくしウッカリ、ナイフとフォークでドラゴンと戦うところでした!」


 そりゃ命に関わるウッカリだなおい!


「悪い、飯はもう片付けちまった」

「そんなぁぁぁ!」


 エレノアが地面に膝を突き、そして両手でバシバシと床を叩いた。


「ま、また明日な?」

「ぐすん……分かりました……」


 言いながら、エレノアがソッとナイフとフォークをテーブルに置いた。


「自分で洗えよ?」

「!?」


 エレノアが驚いて身を竦め、それから「も、もちろんですとも!」と笑った。

 エレノアはナイフとフォークを丁寧に洗ってから、服をいつものに着替え、再び【ゲート】で去った。


 さて、俺も魔王城に行きますかぁ。

 夜だけど、まぁ魔族なら起きてるだろ。

 そう思って、俺は魔王城へと【ゲート】で移動した。

 魔王城の前はすっかり暗くなっている。

 俺は暗くてもあまり関係ないけれど。

 俺はいつものように門番のラミアに話しかけたが、ラミアはロザンナの所在を知らなかった。


「幹部に聞いてください」とのことだった。


 俺は幹部を探しながらウロウロして、結局誰にも会えずに自分の部屋に辿り着いた。

 メイドがいれば、と思ったけどメイドもいなかった。

 なんだよ、今日はやけに静かだな魔王城。

 って、そうか!

 戦争中だからみんな前線に出てるのか!


 ロザンナも前線基地の医務室とかにいるのだろうか?

 それを確認したかったんだけどなぁ、とか思いながら俺はソファに腰を下ろした。

 まぁせっかく来たし、少しゆっくりしよう。

 そうやってボンヤリしていると、ロザンナが俺の部屋に入って来た。


「アルトの気配を感じたよ!」


 ロザンナはダッシュで俺の方に突っ込んで来たので、俺は立ち上がってロザンナを受け止める。

 そしてその場でクルクルと何度か回る。

 パッと見たところ、ロザンナは元気そうだ。


「おい、聞いたぞ。ケガしたんだって?」


 俺が言うと、ロザンナは叱られた子供みたいな表情を見せ、俺から少し離れた。


「ごめんね、ごめんね」ロザンナが目をウルウルさせながら言う。「せっかくアルトに武器まで作ってもらったのに、ドラゴンの一匹も仕留められなくてごめんね」


「あ、いや、別に怒りに来たわけじゃ、ねぇんだよな」


 それにドラゴンって種族的には強い方だから、勝てなくても仕方ないさ。


「ぼくは不甲斐ないよ……」


 シューンとロザンナが俯いてしまう。

 俺は慌ててロザンナに寄って行き、ギュッと抱き締めてやる。


「ぐすん……アルトだったらあんなキラキラしてるだけのドラゴン、秒殺なのに……」


 俺が秒でやられるって意味か?

 いやでも、ケイオスのオッサンってドラゴンの中じゃ強い方だったんだよな?

 噂よりはずっと弱かったけど、それでもドラゴンのボスみたいな態度だった。

 ……あれもしかして、オッサンって自分を最強だと思ってる痛いドラゴンなのか?


 実はドラゴンの中でも平均より弱い方だったんじゃ……?

 大袈裟な文献とかも自作だったら笑えるよな。

 周りのドラゴンたちは優しさから、オッサンの妄想に付き合ってやってただけとか。

 うん、有り得るな。

 そうだよな、俺より弱いドラゴンがドラゴンのボスなわけがない。


「アルト……頭、撫でて」

「おう、ヨシヨシ」


 俺はロザンナの頭を優しく撫でてやる。

 ロザンナって基本的には優しくていい子だから、戦闘には向いてないと思う。

 甘えん坊だし。


「あ、そうそう、エリクサー持って来たんだ」


 俺はロザンナから離れて、異次元ポケットからエリクサーを出した。


「えっと、ぼくのケガなら、先日アルトに貰ったエリクサーで完治してるよ」


 ロザンナがグッと肘を曲げて力こぶを作るポーズを見せた。

 全然、力こぶ出てねぇけどな。


「次にケガをした時のために持っとけ」


 俺はエリクサーをロザンナに手渡す。


「いつもありがとうアルト。貰ってばっかりで、ぼくはお返しできてなくて……もう身体で払うしか……」

「いやいい」

「即答!?」


 ロザンナが酷くショックを受けたような表情をした。


「労働力は足りてるからな」


 畑は趣味だし、家事も好きだし。

 この部屋はメイドが綺麗にしてくれているし、労働力を使う場面がない。


「あ、うん……」


 ロザンナは酷く残念そうに首を振った。

 律儀な奴だな、と思った。

 エリクサーぐらいで、そんなに恩を感じなくてもいいのに。


「ま、とにかくロザンナ」


 俺は真剣にロザンナの目を見た。

 ロザンナは少し頬が紅潮している。


「な、何? 結婚式なら……ぼくはいつでも……」

「何の話だよ。俺が言いたいのは、もう最前線になんて行くなよ、ってこと」

「そう、だね。ごめんね心配かけて。ぼくが死んじゃったら、魔王軍も困るし、アルトだって悲しいよね」

「ああ。そうだ。ロザンナは上に立つ者だろ?」


 俺が聞くと、ロザンナが頷く。

 俺はロザンナの正式な役職を知らないので、とりあえず上に立つ者って言っておいた。

 幹部だから間違いにはならない。


「だったら、城でドンと構えてねぇと、な?」

「うん。ぼくもノリで前線に出てケガをしたこと、後悔してるよ」


 うん?

 今ノリって言った?

 いやまさかな。

 ロザンナがそんなニナみたいな行動を取るわけがない。


「よし、じゃあ俺は帰るな」

「え? もう帰るの?」

「ああ。ロザンナの様子を見に来ただけだし」

「そ、そっか、ぼくのために……えへへ」


 ロザンナは嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺も嬉しくなった。


「あ、ちょっと待ってアルト」

「ん?」

「やっぱりお返しがしたいから、ちょっと謁見の間まで行こう?」


 なんか嫌な予感するなぁ。

 謁見の間って、魔王が座ってるところだろ?

 魔王が起きたとか?

 んー、帰りたい。

 しかしロザンナの笑顔は守りたいっ!

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